USA Diary

August, 2016

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8月20日(土)きのう、まとまった雨が降り、気持ちのよい日となりました。いつものように教会と家とで明日のための準備をしました。「雑事終え 明日にに備える この夕べ」
8月19日(金)以前、床と壁の間のコーキングをしてくれた人が来て、バスルールのタイルのコーキングをしてくれました。一昨日来たプラマーは「コーキングよりグラウトがいい」と言っていたのですが、この家は地盤がよくないので、ズレがあった場合、グラウトなら割れますが、弾力のあるコーキングなら大丈夫だろうという判断でコーキングになりました。作業中、雷雨でなんども停電になりましたが、フラッシュライトのあかりをたよりに、無事終了しました。「ちっぽけな 明かり頼りに 難工事」
8月18日(木)きのうの湯沸器の工事が、以前サンノゼでしてもらったときよりも高い値段でしたが、ただ湯沸器をつけかえるだけでなく、いろいろな安全装置もつけていき、長期保証もあるので、料金になっとくした次第です。物価も工賃も上がっていますが、安全基準も変っているので、こうしたアプライアンスの値段は安くはなりません。あす、市役所から工事の検査に来ます。サンノゼでは検査は必要ありませんでしたが、ここでは必要です。業者がいいかげんな工事をしないためにも、検査はあったほうがよいのでしょう。「夜通しの 工事終了 検査待つ」
8月17日(水)きょう午後、ウォーターヒーターから水が漏れているのに気づき、以前頼んだことのあるプラマーに電話しました。すぐにきてくれましたが、取り替える必要があるということでした。7時までには終わるというので工事をお願いしましたが、結局のところ10時までかかってしまいました。こちらに引っ越して3年たち、今年は、修理しなければならないところが一度に出てきました。まだ、壁の修理と、雨樋の取り換えが残っています。「人と家 痛むは同じ 年とれば」
8月16日(火)雨はありませんでしたが、曇で気温は上がりませんでした。夕方散歩に出ましたら、学校でマーチングバンドの練習をさかんにやっていました。例年、太陽の照りつける中での練習でしたが、きょうは絶好の練習日和だったと思います。「曇天に 響くブラスの 音高く」
8月15日(月)心待ちにしていた雨が、わずかですが降りました。しとしとと、優しい雨でした。今週はどの日も雨の予報なのですが、ダラスの雨予報はあてにならず、たいていは降らずに終わってしまいます。「雨予報 きょうも空振り 肩落とす」
8月14日(日)きょうはコルベ神父の殉教の日なので、礼拝メッセージで神父の崇高な行いを話しました。私にはとても真似のできないことですが、コルベ神父のゆえに助かったガヨヴェニチェク元軍曹のしたことは真似られると思います。それは、自分のために死んでくれた人のことを生涯語り伝えるということです。「わがために 命ささげた 主を語る」
8月13日(土)シャワーのタイルのつなぎ目がきちんと塞がれていなかったため、リビングルームの壁がぬれてしまいました。そこにはソファをおいてあったので、気づかなかったのですが、きょう、工事の見積もりにきた人が壁を開けたまま帰ってしまいましたので、そのままにし、乾燥するのを待つことにしました。この工事の世話をしてくれている人が、なんとか安くできるようにと、いろいろ考えてくれています。「小工事 交渉人が 腕ふるう」
8月12日(金)今年の VBS はウォータースライダーを借りなかったので、みんなが、他の水遊びを工夫してやってくれました。大きなスライダーがなくてもみんな楽しそうでした。「夏の日に 水かけあって 友つくる」
8月11日(木)VBS も残すところあと一日となりました。こどもたちは明日の水遊びを楽しみにしていて、今から興奮していました。「目がひかる 明日にワクワク 子どもたち」
8月10日(水)VBS は順調に進んでいます。今年は参加者は定員いっぱいになりましたが、ボランティアが足らず、心配していました。けれども、直前になって、何名かの人々が加わってくれ、なんとか対応することができています。今年は、男性がもうひとりスタッフに入ってくれ、会場やパーキングのことで世話をしてくれました。今までは私ひとりでやってきたことなので、とても助かっています。「助っ人に 頼って終えた このひと日」
8月9日(火)きょうはナガサキの日。長崎の平和祈念像は右手で天を示しています。それを見たある人が高校生の時に「天を指す 右の手に 鳩一羽」という句を詠んでいます。平和の象徴である鳩が記念像に舞う姿は、長崎の平和公園を訪れ、わたしも見てきましたが、こんなに上手な句は思い浮かびませんでした。
8月8日(月)きょうから VBS がはじまりました。ひさしぶりに教会にこどもたちの声が聞こえ、うれしく思いました。「こどもらと 過ごす半日 うれしくて」
8月7日(日)主の晩餐のある礼拝では、他の部分に時間がとられて、晩餐式をせわしなく行ってしまうことがあります。主の晩餐が礼拝の中心であるなら、礼拝式の他の部分はそれに合わせて配分されるべきだと思います。晩餐式を付録のように扱うべきではないと思います。ほんとうの意味で主の晩餐が守られるところに教会が立つと、わたしは信じています。「主のからだ 食して『からだ』 建てられる」
8月6日(土)きょうは「ヒロシマの日」。地上から核兵器が、いや、戦争がなくなる日はいつになるのでしょうか。世界中がキナ臭くなっている中ですが、被爆者の声が届いてほしいと思います。「ヒロシマの 声よ届けや 万国に」
8月5日(金)リオではオリンピックに反対するデモが行われたそうです。日本では、あからさまなオリンピック反対はありませんが、福島の問題が解決していないのに、なぜオリンピックを招致したのかという疑問や、オリンピックのための予算の使途が不透明であることなどに対しての不満もあります。そういう声にも耳を傾ける必要があると思います。「お祭りで 水を濁すな 難題の」
8月4日(木)資金難のため、アトランタで足止めされていたナイジェリアのサッカーチームがやっとリオに到着できました。試合の直前に到着したにもかかわらず、日本のチームに勝ちました。オリンピックは裕福な国が資金にまかせてメダルをあさるようになってしまいましたが、ナイジェリアのチームがハンディを乗り越えたことに、拍手をおくりたいと思います。「国問わず チームに拍手 よくやった」
8月3日(水)オリンピックが始まるので、日本の選手団がリオに向かっています。多くの選手が「メダルを取ってきます」と言っていますが、はたしてメダルがオリンピックの目的なのでしょうか。スポーツを通して、世界の人々が友好を深め、平和への道筋を見つけ出していくことではなかったのでしょうか。目的が忘れられたオリンピックは、もはやオリンピックでなくなるように思います。「メダルより 大事なものを 持ち帰れ」
8月2日(火)一ヶ月前に出したプライオリティメールが相手に届かず、調査をお願いしたのですが、やっと相手がわの郵便局まで届いたようです。2日で着くはずのプライオリティメールが一ヶ月もかかったのですが、エキスプレスと違って料金の払い戻しはありません。プライオリティなので、トラッキングができただけでも、よかったと思う他ありません。「くやしいが 届いただけで 良しとする」
8月1日(月)私の家のカーブにショッピングカートが置き去りになっていたので、ポリスに電話しました。一時間ほどしてから年配のボランティア・ポリスが来て、カートを持っていってくれました。もとポリスの方が退職後も町のこまぼまとしたことを世話してくれているのはとてもありがたいことです。「笑顔にも 光る眼差し 老ポリス」
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