USA Diary

June, 2016

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6月12日(日)きょうの未明、フロリダで銃撃事件がありました。ISIS に忠誠を誓う男の犯行でした。これに対してトランプ氏が「俺の言った通りだ」といったことを発表しています。50人もの死者が出たときに言うべき言葉ではないと思います。一国の指導者には適切な時に適切な言葉を語ることが求められています。大統領選に出て支持を訴えるのなら、それにふさわしい言動が必要かと思います。大統領選をかきまわして楽しむだけなら、真の愛国者はそっぽを向くことでしょう。「主を愛し 国を愛する 人よ立て」
6月11日(土)礼拝のスライドを用意していて、チャールズ・ウェスレーの「愛するイエスよ」(Jesus, Lover of My Soul)のスライドがストックにないことに気づきました。最近10年の間に歌った賛美はすべてストックにあるはずなので、それがないということは、長い間、この賛美が歌われていなかったことになります。多くの人に愛され、親しまれている賛美が、長い間、礼拝で歌われなかったのはとても残念に思いました。「忘れては いけない賛美 ここにあり」
6月10日(金)老人ホームを訪問しました。いつもは土曜日に行っているのですが、このところずっと土曜日がふさがっているので、金曜日に訪ねました。いつもはカフェテリアで会うのですが、きょうはカンファレンスルームを使うことができ、ゆっくり聖書のお話しをすることができました。「ホームでは 天国のこと 語ります」
6月9日(木)説教でチャック・スウィンドール先生のことに触れました。先生が若い日に、カリフォルニアのサンマテオにあるペニンスラ・バイブル・チャーチで信仰を養われたことを知り、私はその教会を訪ねたことがあります。その礼拝堂正面に刻まれていた聖書の言葉を説教に引用するので、スウィンドール先生の名前を出しました。「御言葉を 語る人の名 なつかしく」
6月8日(水)きょうの祈り会では、明日からヨーロッパに行く人のために、旅行の安全を祈りました。これからひとり、ふたりと国内、国外に旅行にでかける人たちが増えていきます。しかし、それとは逆に、夏休みなのでダラスに戻ってきて礼拝に出ている人たちもあります。礼拝は、たんに多くの人が集まって賑わうという性質のものではありませんので、人数にかかわらず、真実な礼拝の時を持ちたいと思っています。「礼拝よ 聖なる時に この世でも」
6月7日(火)こちらの学校は、6月から夏休みです。もう少し短くでもいいおではないかと思いますが長い間の慣習なので、すぐには変わらないだろうと思います。夏の間、こどもたちが安全に守られるよう祈っています。「夏休み どこに行っても 子供連れ」
6月6日(月)やっと畳とコタツを片付けました。わが家のリビングルームは、5〜10月がカーペット、11〜4月が畳と、半年ごとに模様替えしています。「消えたとて 心に残る 畳の香」
6月5日(日)私の知らない人から、「オバマ大統領がヒロシマでお詫びをしなかったのを残念に思います。わたしのおわびの気持ちを込めてドネーションを送ります」という手紙を受け取りました。アメリカ大統領の立場からは「お詫び」の言葉を口にすることはできなかったとしても、彼の態度には、アメリカが核兵器を使った唯一の国であることへの責任を感じ取ることはできたと思います。アメリカ大統領のヒロシマ訪問は後には歴史の中できっと評価されると思います。「ヒロシマで 折り鶴渡す 大統領」
6月4日(土)今週は長い雨が続きました。きょうも予報は雨だったのですが、ひさしぶりに晴れました。「晴れたら教会の庭の草刈りをします」と聞いていましたが、私が教会に着いたときは、もう刈り終わっていました。「草の子ら 草刈る人に 負けず伸び」
6月3日(金)カリフォルニアの人たちから「テキサスで洪水があったようですが、そちらは大丈夫ですか」というメールが入りました。私たちの住んでいるところには大きな川がありませんので、大丈夫ですが、オースティンの近くの基地で車で川を渡る訓練をしたいた兵士たちが命を落としています。とても気の毒に思います。「怪我と死に 隣り合わせの 兵士たち」
6月2日(木)論語に「後世畏るべし」という言葉があります。次世代の人々の可能性について語っているものですが、私は常々、「古人(いにしえびと)畏るべし」と思っています。学問においても、芸術においても、技術においても、古代の人たちは現代を凌駕するものを持っていました。信仰の世界においては特にそうだと思います。神学を志す者、聖書を学ぶ者は、歴史の声に謙虚になる必要があると思います。「あなどるな 先人たちの 知恵・知識」
6月1日(水)先月20日、連邦政府の公文書から、「ネグロ」や「オリエンタル」という言葉が「差別用語」として削られることが決まりました。「ネグロ」が差別用語だというのは分かりますが、「オリエンタル」はそうだとは思いませんでした。「オリエント」の語源は「太陽が昇る」という言葉で、日が昇る方角「東」を指します。古代の教会堂は聖壇が東に向けて建てられましたので、ここから動詞の「オリエント」は「方向を決める」という意味で使われます。したがってよく使われる「オリエンテーション」は、「方向付け」、「指導」ということになります。この言葉は、主イエスの復活と関連付けても使われるので、悪い意味はないと思っていましたので、この言葉に関する連邦法のことを知って、意外でした。「御国こそ 日の出る国 輝きて」
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