USA Diary

November, 2016

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11月27日(日)きのう、中央に白いキャンドルがあり、左に紫のキャンドルが二本、右にはバラ色と紫のキャンドルがそれぞれ一本づつならんだ「アドベント・キャンドル」を飾ってもらいました。きょうはその最初のキャンドルに灯をともして礼拝をはじめました。キャンドルは、教会では、たんに照明の道具としてだけでなく、神の啓示や人の祈りを表わすものとして使われてきました。キャンドルを灯しての礼拝は、わたしたちの目を神の啓示に向けさせ、心をいのりに導きます。そこにはきよらかな美しさがあります。「キャンドルを ともして祈る アドベント」
11月26日(土)今週は感謝祭のためメッセージの原稿を水曜日に完成させました。それで今週は午前中に翻訳も終えました。それで、きょうは、早めに休めるかと思ったのですが、スライドの制作に時間がかかり、結局、休んだのはいつもと同じ時間でした。「時間とは 無くて有るもの 作るもの」
11月25日(金)感謝祭になると他州のプレートをつけた車が多くなります。日本の盆や正月のように、里帰りをする人も多いのです。みんながよい時を過ごせるようにと祈りました。「いつの日か 家族がそろう 感謝祭」
11月24日(木)きょうのサンクスギヴィング・デーはどこにも出かけることがなく、家で静かに過ごしました。散歩に出かけましたが、住宅地の道路にはたくさんの車が停めてあって静かでしたが、大きい道路では、普段よりは少ないとはいえ、相変わらず車がいっぱい走っていました。どの店も休みなのに、いったいどこに行くのでしょうか。「わが家では ターキーなしの 感謝祭」
11月23日(水)明日はサンクスギヴィングデー。日本人はアメリカの祭日をいくつも取り入れているのですが、サンクスギヴィングデーだけは、まだです。サンクスギヴィング・デーがアメリカの歴史と深いかかわりがあるためでしょう。アメリカ在住の日本人は、自分たちでターキーを焼くようなことはあまりしないようです。「感謝祭 ターキーよりも 寿司がいい」
11月22日(火)日本にはクリントン氏びいきの人が多く、トランプ氏とその支持者について、かなりの偏見や誤解があるように思います。たしかにクリントン氏は政治経験の豊かな人な優等生、トランプ氏は政治経験が皆無の問題児でしょう。しかし、民衆は、一部の人々によって左右される既存の政治に不満を持ってきました。アメリカの政治もまたお金で左右されるという現実があります。クリントン氏は今回の選挙戦でトランプ氏の倍の資金提供を受けましたが、それは、とりもなおさず、自分を支援してくれた人たちの意向にそった政治をするということを意味します。既成勢力から資金提供を受けなかったトランプ氏は、その分、その顔色を伺う必要がなく、自由に政治ができるという利点があります。彼を支持した民衆は、彼にそのことを期待したのだと思います。「トランプ氏を支持しているのは、田舎の低学歴の人たちで、何も分かっていない」などといった論評も耳にしましたが、エリートよりも民衆のほうが、案外、ものごとの真相を見てるのではないかと思います。「就任も していないのに 評価され」
11月21日(月)普段の買い物のついでに、久しぶりに近くのショッピングモールに行きました。私は買い物にはあまり興味がないので、空いているときなら、通路を歩けば、良いエクササイズになりそうです。以前いた町には一週するとちょうど一マイルになるモールがありましたが、このモールは、二階の通路もありますので、両方を回れば一マイルくらいにはなりそうです。「モールでは ショッピングより エクササイズ」
11月20日(日)例年クリスマスには、教会で「クリスマス祝会」などをやってきましたが、今年は、大きな催しはしないで、アドベントの四回の日曜日に人々を誘うことにしました。きょうは、そのことの励ましになればと、アンデレが兄弟シモンをイエスに導いた話をしました。先々週はバプテスマのヨハネが「見よ、神の小羊」と言ったこと、先週はアンデレが五つのパンと二匹の魚を持ったこどもをイエスのところに連れてきた話をしましたので、この三回のメッセージやこども向けのバイブルストーリーはつながっているのですが、さて、皆さんはそのつながりを発見できたでしょうか。「御言葉を 喜ぶ人と 過ごす幸」
11月19日(土)ロサンゼルスの日系教会がクリスマスの催しでクリスマス・キャロルと日本の歌を混ぜたものをやるそうです。日本人の動員を狙ったものなのでしょうが、私にとっては、クリスマスは神聖なもので、やはり、イエスへの賛美だけを歌いたいと思います。現代は「コラボレーション」が大流行りですが、日本の歌は、日本の歌で別にやるのが良いと思っています。「白と黒 混ぜれば灰に いいのかな?」
11月18日(金)教会の週報に、アドベントに出来る伝道について、毎週、そのヒントを書いています。すでに「クリスマスカードにアドベント礼拝の案内を入れる」「アドベントキャンドルやクリスマスツリーの点灯式をする」について書きました。今回は「イエスの生涯のビデオを観る」ということを載せました。みんながこうしたことを実行したら、大掛かりなイベントをするよりも、もっと確実にクリスマスの意味を伝えられると思います。「伝えたい ことが伝わる 伝道を」
11月17日(木)毎年、親しい人々にだけ出すクリスマスカードですが、その準備ができました。来週のサンクスギヴィングデーには発送できるようにしたいと思っています。「感謝祭 それに続いて クリスマス」
11月16日(水)アメリカでは、小児ガンのため毛髪を失ったクラスメートのため、自分たちも髪を剃って励ましてあげるということが多くあります。こうしたことは親が後押ししなければできないことで、親たちも立派だと思います。アメリカにも「いじめ」がありますが、同時に、こうした美しく、勇気ある行動を推奨する地盤があります。日本でも、福島の子どもに寄り添ってあげることを、親たちがどうして教えられなかったのだろうと思います。「いじめには いっしょに生きる 心勝つ」
11月15日(火)日本で福島から移ってきた子どもがずっといじめにあってきたことが明らかになりました。良心からの再三の要請にもかかわらず、教育現場が動かなかったことも報道されています。「いじめ」も差別です。アメリカの「差別」は目に見えていますが、日本の「いじめ」は見えないので、やっかいだと思います。「他の国の 差別を責める その前に」
11月14日(月)トランプ氏が次期政権の人事に着手しています。ペンス副大統領がその指揮をとるそうですが、トランプ氏の家族がいろいろと口出しをしているようです。ペンス氏は公平な人ですので、彼に任せたほうが良いように思います。トランプ氏は高齢ですので、4年の任期のあとは退陣し、ペンス氏が大統領になったら良いかもしれないと、勝手なことを考えています。「世界の目 トランプタワーに 注がれる」
11月13日(日)きょうは「こども祝福式」。さそった人の多くは来れませんでしたが、それでも数人のこどもたちと礼拝を守り、午後の時を過ごすことができました。こどもの声が聞こえたひさしぶりの日曜日でした。「天の父 子らの賛美に 微笑んで」
11月12日(土)カリフォルニアの友人からトランプ氏が取った州を赤く塗った地図がメールで送られてきました。そこに "TRUMP HAS BETTER COVERAGE THAN VERIZON" とありました。携帯電話のネットワークよりも、トランプ氏のほうが全米をカバ=しているという意味です。その絵には "CAN YOU HEAR US *NOW*?" とも書かれていました。なかなか気の効いたユーモアだと思います。「トランプ氏 わたしの声も 聞こえます?」
11月11日(金)トランプ氏自身は大金持ちですが、経済の国際化の陰で報われない労働者の不満の代弁者となりました。サンダース氏の人気も高い学費に苦しめられている学生たちに支えられました。クリントン氏にはそうした人々との共感が欠けていたのかもしれません。「『民衆の 大統領』の 名を残せ」
11月10日(木)トランプ氏当選で世界中が大騒ぎになりました。選挙で当選するために「いい子」ぶっていても、当選したらとんでもないことをする人よりも、選挙で「悪役」を演じていた人のほうが、当選したら、かえってちゃんとするかもしれません。「トランプ氏 君子豹変 良いほうへ」
11月9日(水)昨晩から大統領選の開票速報があり、おおかたの予想に反してトランプ氏のリードを告げていました。結果を気にしながら寝てしまい、明け方目が覚めトランプ氏の当選を知りました。「ジョーカーが エースになった トランプ氏」
11月8日(火)投票に行ってきました。近くの小学校が投票場なので、歩いていきました。候補者の看板が入り口にいっぱい立っていました。また、ある候補者のサポーターが手に看板をもって道に立っていました。当日に投票所の近くで選挙運動はできなくても、看板を持って立っているくらいなら、大目に見てもらえるのでしょう。ポリスが投票所に来ていましたが、おしゃべりをしていて、その人に注意することもありませんでした。投票所は学校の体育館でしたが、広すぎるので、一部を仕切って使っていました。投票に来る人もまばらで、のんびりした投票日でした。帰りに、サポーターの人に「投票してきましたよ」と言ったら、「ありがとう」と喜んでくれました。「大騒ぎ どこのことかと 投票所」
11月7日(月)きょうは一日雨が降りました。でかけた先で雨に降られましたが、車を出入り口の近くに置いたのでそんなに濡れなくてすみました。ずっと、雨がなく地面がかわいていたので、私たちにとってはうれしい雨でした。「祝福の 雨よ注げや リバイバル」
11月6日(日)夕礼拝で二度目の「聖書Q&A」をしました。一時間で四つの質問を取り上げました。時間的に余裕があり、出席者からのコメントも聞くことができました。あと二つほど質問があっても良かったかと思います。こういう集まりがもっと盛んになったらと願っています。「聖書への 愛が加わる 学ぶ時」
11月5日(土)近くの教会で恒例のクラフトショーがありました。家内はそのくじに当たり15ドルのギフト券をもらったのですが、そこで販売している台所用品だけにしか通用しませんでした。あまり欲しいものはありませんでしたが、せっかくだかというので、少しお金を足して何かを買ってきました。クラフトは決して安くはありませんが、教会と教会付属の学校へのドネーションになるので、他の人へのギフトにするものをいくつか買ってきました。「このギフト 日本の友へ クリスマス」
11月4日(金)「伝道とは人格から人格へ最高の人格であるイエス・キリストを伝えること。」若いころに聞いた伝道の定義が今も心に響いています。伝道で大切なのは、行事でも活動でもない、「人」なのだということを改めて感じています。「伝道は 人がするもの 人格で」
11月3日(木)それで、今年はアドベントの四回の礼拝を「伝道礼拝」とすることにしました。そして、アドベントに各自ができる伝道を週報に載せる予定でいます。たとえば、クリスマスカードで教会にさそう、アドベント・クランツやアドベント・キャンドル、またクリスマス・ツリーの小さなセレモニーを家庭で行う。聖書のストーリーのムービーを観る、キャロリングに出かけるなどです。大きな催しをしなければ伝道できないというような先入観がなくなるといいと思っています。「伝えたい 思いがあれば 大丈夫」
11月2日(水)教会では長年、クリスマスというと、音楽の催しをして、ご馳走を食べてということを繰り返してきました。こどもたちや若者が多かったときには、そうしたことにも意味があったのでしょうが、今の教会の現状では、そうしたことがかえって人の心をキリストから遠ざけてしまうように思います。もっと、身近なところで伝道に結びついたことができるようにと考えています。「クリスマス 教会もまた 意味忘れ」
11月1日(火)きょうは、あるご家庭に招かれ、昼食を共にしました。健康的な郷土料理をいただき、真剣な会話と祈りの時が与えられ、とても充実した時間となりました。「通じ合う 人との会話 うれしくて」
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