歩いているのは誰ですか
「私です」
どこまで行くのですか
「定かではありませんが
まだ道が続いているので歩いて行きます」

その道をどれくらい歩いているのですか
「ちょっと計れないのですが
もうかなり長く歩いています」

ここまで来るのに道が幾つも
あったのですか
「いっぱいありましたが
振り返って見たら一本の道でした」

その道はどんな道でしたか
「平坦でまっすぐな所もありましたが
曲がりくねっていたり
石ころだらけの道や砂地もあり
険しい山道や坂道 泥道も
結構ありました
狭くて暗い危険な所も幾つかありました」

「道端に花がいっぱい咲いていて
小鳥の声が聞こえる平原の道もあって
涼風に吹かれて
うとうとしそうになったりもしました
この道を行けば
間もなく広い街道に出るに違いないと
思っていたら
いつの間にか谷に降る道に入っていました
あわてて引き返そうとしたのですが
だめだったので
がまんして谷の道を歩き続けていたら
そのうち明るい道が見えてきました」

あなたの足と心もずっと一緒
だったのですか
「そうですね はぐれてしまったり
反対方向に行こうとしたり
泣いたり怒ったり
抗議したり尻込みしたりで
困ってしまうこともありましたが
とにかく何とか
ここまで付いて来てくれました」

その道は良い道でしたか
「そう思っています
ここまで無事に来れたのですから
やっぱり良い道だったと思います」

これからもその道を歩いて行くのですか
「はいそのつもりです
それが天が私に備えた私の道ですから」




海に向かって胸を広げ
目を広げて聞くものに
海は語る

あるがままの姿の美しさを
悲しさを
自分の任務を果たすことの厳しさを
偉大さを
海は朗々と語る
人の目の深くへと切々と語る

人が謙虚に海に向かうと
海はいつでも快く迎える
海に向かって人が心から語ると
海は頷きながらそれを聞く
その広い胸に受け止めて
その深く聡明な心でじっと聞く
人の内にあるあらゆるものに
キラキラと涙を浮かべて共鳴する

海は人に
存在の光と希望を見るようにと教え
幾度も促して人を励ます




一つの夢が砕けても
また別の夢を見ればいい

夢は
夢を追って生きる者のために
手を貸すことを厭わない

昨日までの夢が実を結ぶことなく
終わっても
夢のなかに咲いた美しい花を
見ることができたと喜ぼう

どんな難しい現実の中にあっても
夢を抱くことを忘れないようにしよう

生涯の終わりの日まで絶えず
夢を追い続けよう
実現することなく散った夢の分を
人は心豊かに生きられる

昨日も 今日も また明日も
夢を膨らませて楽しく日々を過ごそう



エプロンは微笑った


窓から射す朝の陽光(ひかり)に向かって
エプロンは微笑った

一日をスタートする恵みに胸を躍らせ
生命(いのち)を支える働きに加わる
喜びに弾んで
エプロンは微笑った
伸びたり縮んだり揺れたりして
右へ左へ動き回り
熱いものに驚いたり
埃をかぶったり
重いものや固いもと苦闘したりして
もみくちゃになりながら
うんうんと頷いてはせっせと働き

疲れても
自分の存在が多くのものに役立つ
幸いに満ち足りて
エプロンは微笑った

そうして忙しい一日を終え
窓辺の星としばしの語らいをしてから
「おやすみなさいまた明日」と
小さな声で言って
エプロンは静かに微笑った



土を掘る


土を掘る
花の苗を植えるため
それと一緒に
抱えた苦悩も植えるために

探してみたが
他に場所が見つからなくて
花の苗に無理に頼んで
場所を借りる

もしこの苗と
この土との折り合いがついて
やがて花が咲いたなら
私の苦悩も土に溶けて
大空の下に薫る
花の一部になれたらと
密かな願いに土を被せ
両手を広げて土を均す



弱さの力


泣いたってどうしようもないでしょう
解決になりませんよ

そうですね 確かに
でも泣いたおかげで
私は今生きているんです
泣けなかったら
死んでいましたもの

あの辛さの中で



快 晴


空はウフフと笑っている
太陽はアハハと笑っている
風はオホホと笑っている

いい日だなあ
背負った荷物を放り投げて
私も一緒に笑ってみよう
青草に身を溶かして
笑ってみよう



日 々


今日も日が暮れた
夜になった
無事だった
感謝できた



毎 日


毎日毎日同じ事の繰り返し
これは実は幸いな事
できなくなったら大変だから
毎日同じ事ができるのは
とても大きな恵みだ
大きな幸だ



一 番


寸法のない高さの
天の奥の奥
どんな技術をもってしても届き得ない
地の下の下
海の底の底のすべて
大宇宙の果て果てもみな
聖手に治めておられる万軍の主なる神

万物の創造主にして
主権者なるお方が
この小さな罪人のために
命を捨てられた

あゝ何という愛を受けたことか
これを知る以上の獲得はない
これを信じる以上の幸いはない

これが一番
世界の一番
私の一番



ゴルゴタの宝石


ゴルゴタの丘に
イエスさまの流された
聖い血潮が
天の光を受けてキラキラ
輝いている

この世で最も残忍で醜いものが
繰り広げられた丘に
あの日
神のみ子が十字架にかかった
あの日

暗黒の雲に被われた
ゴルゴタの丘に流された
罪のないお方の聖なる血潮が
醜い人間の罪を洗い流す
神の愛と力をちりばめた
美しい宝石となって輝く

罪の赦しという
世にふたつとない
この高価な宝石は
すべての人が無償で得られる
不思議な宝石

これを自分の信仰の手を出して
いただく者は
この世の闇からも
永遠の滅びからも救われて
消えない希望と揺るがない平安と
天に繋がる幸いに生きることが
できる

二十一世紀の今も
神の愛と力で
輝きつづけているこの宝石
ゴルゴタの丘から
無限に掘り出される
救いの恵みに輝く宝石



メメントモリ


時は来て
時は過ぎ去っていく
刻一刻と正確に冷淡に

時を定めた神により
時に従う定めを負うすべての人の前で
人生の終わりに向かって進んでいく
メメントモリ

人の一生は長いようでも束の間
ある人にはゆっくりと
ある人には突然に
しかし誰にも確実に訪れる
人生の終末

成功者にも失敗者にも
強い者にも弱い者にも
富む者にも貧しい者にも
健康な者にも病弱な者にも
メメントモリ

多くの人は
苦しみと悲しみと侘びしさの中で
終わりを迎える
けれども
真の神
救い主イエス・キリストを信じる者は
人生を虚しく悲しく
寂しく閉じることはない
天の御国への希望と感謝をもって
その時を平安に迎えることができる

生かされている今を感謝しながら
活き活きと励んで
意義ある良い終わりに向かって
メメントモリ

(「メメントモリ」は「人は死すべき者であることを覚えよ」の意。ラテン語)



天を見上げて生きる


空には太陽がある
雲がある
月があり星がある

しかしそれは私たちの目に見えるもの
空の奥には
私たちの目に見えない無数の星や
もっと多くのものがある

最も高い所には神がいて
天使がいて
数多くのすばらしいものがある

神を信じないままだと
天にあるすばらしものを
永久に見ることができないで
やがて永遠の闇に沈んでしまう

私たちは 今 生きている間に
神を信じよう
空が見えている間に信じよう

神をはじめ
天にあるすばらしいものを
見る日が来るのを信じて
地上の悩みに耐えよう
信仰の目で神を見上げて
しっかり生きよう



我 慢


我慢するのは大変だけれど
難しいけれど
我慢することは必要だ
何事につけても我慢しないと
得られないものがあり
忍耐をなくしたために
損じてしまうことが多くある

我慢は辛いけれど
間違いやトラブルを避けるために
良いものを手に入れ保つために
自他の大切なものを守るために
心に言葉に行いに
我慢 忍耐はどうしても必要だ



今日は


座ると悲しみが重くなってしまうから
今日はずっと歩いていよう
そうしていると悲しみが少し軽くなるから
とにかくただ歩いていよう
疲れ果てても歩いていよう

心の内側に流れてくる涙が
キチンと止まるまで
一人でただ歩いていよう



神のご命令


神さまのご命令
それは人間への愛であり
愛の表明だ

神さまの命令がなければ
人間はどう生きたらいいか
よくわからず迷ってしまうから
迷って道を外してしまうから
そうして自分をだめにして
しまうから

神さまは
迷いやすい 愚かな私たちに
ご命令を与えて
守っていてくださるのだ

神さまはいつだって
人間のことを想っていて
くださるのだ



慎重に 丁寧に


何という愛に欠けた乱暴な答え方を
するんだろう

求めて問う者に
一方的に 既定的に 棍棒的に
即座に答えを出す
しかもそれが
聖書の教えとばかりに

人の心は大切です
人の心は時に
ことばで表しきれない多くの事を
抱えています
迷ったり 痛んだり 沈んだり
黒ずんだり 困ったりしています

もっとゆっくり聞いて
一緒に考えて
人としての心を使って丁寧に
答えてあげないと…

みことばの教えは慎重に 祈りつつ
愛と希望を含んで語ってあげなくては
人を生かしませんから
気をつけましょう

人の心とみことばの光を尊んで



一つのことで


一本の電話
一通の手紙
一人の人の一言で
人は全身を打ちのめされることがある
心が暗闇へと直行し
光を見ようとしなくなって
時には死の道へと近づいてしまう

普段あまり気にも留めていない
日常の恵みが一つ欠けただけで
どこにでもある一つのトラブルで
それまで手元にあった幸いが
いっぺんに吹き飛んでしまったりする

十のうちの一つ
いや百のうちの一つで
人はすべての希望も平安も気力も
失うことがある
そうして目の前の色彩が暗色一色となる
そういうことが時にはある

そんな時そこから抜け出る力に欠ける人は
少なくない
人間は弱いものだから
誰かの助け
すがりつく何かを必要としているのだ
求めよう



失 敗


失敗は
何よりも自分の心に痛い
ひどく痛い

でも先に行ってしでかすかも知れない
もっとひどい失敗を避けさせるために
神はこの
修復のきく普通の失敗を
あえて許容してくださったのかも知れない

そう思って感謝しよう
神に赦しと助けを請い
十分反省したら
もう自分の失敗を責める思いを静め
祈って心を解放(とく)ようにしよう

失敗から学んだ事を
しっかり心に留めて
明日に向かおう



見つける


春を想う
春を見る
春を歩く

春を想うと希望が湧く
春を見ると心が明るくなる
春を歩くと
自分のよく知っていることや
今まで気づかなかった事に出会う
頷いたり 驚いたり
怪訝に思ったりするような

春には春がいっぱいだけれど
自分は未だ
春のほんの一部分しか見ていない
知っていないと解ってくる
それでなおも春を探す
さらに春の輝きを見つけ
春に満ちている命の不思議を
見つけるために



愁 い


霧のように漂っている
この深い愁いは何だろう…

自分のことであり
他人のことであり
あのことであり
このことであるかも知れない

しかしなおはっきりとは
自分のことでも他人のことでも
ないような
あのことが
このことで…というほど
確かでもない

あれもこれも
混じり合い重なり合ったような
言葉にならない愁いが
心深くに染みてくる
拭いきれずに
静かな風に手を触れながら
涙をそっと流している



逆さま


逆さま 逆さま 逆さま

逆さま様
そんなに口を尖らして
あなたの言いたいことはなんですか

神の御子の十字架のことですよ
罪のない者が罪に定められ
裁き主なる神が人に裁かれ
罰せられるべき人間が神を罰した
逆さまですよ
こんな逆さまは他にないですよ

この私が今まで見てきた
逆さまの中でも最高のひどい
世が始まって以来の 逆さまですよ
まあよくもそんな
逆さまがなされたもんだ

「ところで どうして
そうなったと思いますか
あなたはその理由(わけ)を知ってますか
考えてみたでしょうか

『そんなこと興味がない
どうでもいいこと』と
もしあなたが言うなら
あなたの人生と存在は
実は逆さまになっているかもしれませんよ
逆さまのままで
まともに生きられるでしょうか
これからもずっと…」



錯 覚


どんな分野においても
どんな探求を重ねても
人の知り得る事はすべて
そのわずかな側面でしかない
全部など誰も決して知りえない

人が自分の存在のすべてを
知り得ないように
この宇宙の外側 内側
見えるもの 見えないもの
さまざまな事柄について
人に分かるのはほんの僅かだ

なのに人は少し余計に事を知り
新しい思いつきや発見をしたりすると
まるで自分がなにもかも
知り尽くしたかのように錯覚し
その錯覚の台に乗って
傲然と物事を決め付けにかかる

そして ちょっと見渡せばいつでも見える
明らかに自分の存在を越えた事柄にさえ
自分の偏狭な尺度で測ったものを
「真正」と表示してはばからない

「証拠に基づいて」というけれど
どんな面でも 人が知っているのは
事実のカケラに過ぎないのに
大空がよく見えない
自分の姿もよく見えない
薄暗がりの中で
そんな事をしていても
確かなもの 天の光に耐える
価値あるものは
何も見えず
何も得ないでしまうのではないのか



問 い


あなたはいつも事実だけを信じていますか
たとえ事実でも信じられない事
信じていない事って
ないですか

それがもしこの世の些細な事柄だったら
構わないと思いますが
あなたの永遠に関わる事だとしたら
それは重大です

あなたがまだ知らない
信じていない事を
永遠に関わる大変重要な事実を
聖書はあなたに伝えています
神の特別な愛と
救いのみ業を語っています

聖書を読んでみませんか
その話を聞いてみませんか

あなたの心に光が見えるはずです
希望が 生きる力が得られます
それは確かな事です
このような幸いな事実は
他のどこにもないですから
どうぞこれにあなたの目を向けてください



いただいて


私の信じる神
主イエスさまから
あわれんでいただいて
ゆるしていただいて
かえりみていただいて
たすけていただいて
まもっていただいて

いつもいつもいただいて
いただいて
今日まで生きてこれた
昨日も今日も明日も
私の信じるかみさまから
みーんないただいて!

人にいつも
惜しみなく与えてくださる
愛の神さま!



特別の中の特別


見よ! と聖書が言うとき
これは特別な事
もちろん 聖書のおことばはすべて
特別な事で 決して通常な事
当たり前の事ではない

特別に偉大なお方の
特別なご存在とみ業が書かれてある

その中でもイエスさまの事は
特 特 特別な事だ
イエスさまの受肉 十字架 復活 昇天
普通はありえない
世にはないこの特別な事を

見ないわけにはいかない
見ることが許されている間に
見なくてはならない

そうしてこれを受け取り
自分のものにしなくてはならない
この特別な神の恵みを!



信仰者


信仰者は
人生を未来から見る

たいてい人は
過去を引きずり
過去の顔色を伺うようにして
自分の人生を過去から計っている

あるいは現在だけを見わたし
目に見える事柄に一喜一憂しながら
落ち着きなく生きている

信仰者は主の贖いを信じて
過去を主の赦しのみ手に置いて
現在を喜び
未来への希望に生きる

現在の問題や困難や弱さの中で
主の助けをいただきながら
天と永遠に繋がる
揺るぎない希望に生きる

愛と力に満ちた主のみ手の中で



揺れて終わらないために


人の心は些細なことで揺れ動く
神を知っていても 現実を見て
現実ばかりに目を奪われると
動揺し 混乱し 迷い 落ち込み
動転する

神は力ある救い主だと分かっていても
ひどく厳しい現実の中では
神よりも 現実が大きく見えて
心を塞ぐ
心が闇にとらわれてしまう

そんな時 そのままの状態に
とどまってはいけない
祈ること 祈ること
自分の状態を神に告げて
とにかく神に助けを乞うこと
それができないほどに弱ってしまったら
信頼できる信仰者に打ち明けること
祈ってもらうこと
そうすれば きっと立ち上がれる
再び主の光が心に差し込んでくる

主はどんな時も 何度でも 何度でも
生きる日の限り
弱い私たちを助けてくださる



大きな問題


罪の赦し
罪からの救いは
人間にとって
最も大きな問題であるのに

神のみ子がわざわざ人となって
世に来なくてはならないほど
大きな事であるのに
罪のない聖なる生ける神が
人間の罪の身代わりに
罰せられなければならないほどの
十字架の死を経なければ
決して処理できなかったほどの
大問題であるのに

人間は自分の罪を
誰でもしているから
たいしたことではないと軽く考え
その処理を本気で願わない

そうして罪を抱えたままで
自分の業に励んでいる
罪という毒を内に秘めて
日々の歩みを済ませている

「それでいいのですか
そのままでは、
その先どこへ行き着くか
考えなくていいのですか

神のみ子が命を捨てて
人を罪から救う道を備えて
くださったのです
求めませんかその道を
見ませんかその愛を
手にしたくないですか
この大きな救いを
この世にまたとない幸いを」



説 教


あゝいいなあ
神を愛し 人を愛し
福音を愛して
聖書を絶対の真理として
握っている人の話は…
心が生きる!



時を越えて


天と地と宇宙のすべてを創造された
神の御子が
神としての輝く栄光を全部捨てて
人と同じように
人から生まれて地を歩まれて
人のように汗と涙を流された

生きるために
苦しい汗を流す者をあわれみ
人の世の悲しみに
辛い涙を流している者をいたわるために
人のように苦しみに耐えて
ついには人の罪の身代わりになって
十字架の死さえも忍び通された

人に救いを与え
消えることのない希望と平安を与えるため
人を愛して愛して
愛し抜かれた神のこの愛が
二千年の時を超えて
今ここにあり信じる者の心に届く

二十一世紀の混乱と不安と
暗黒の増してゆく世に
なおも大きく輝いて!



十字架を見よう


悲しみの時に主の十字架を見よう
深い慰めが与えられる

苦悩(なやみ)の時に主の十字架を見よう
耐える力が与えられる

失望した時に主の十字架を見よう
希望の光が見えてくる

喜びの時に主の十字架を見よう
心に感謝があふれてくる

侘しさと孤独を感じる時に
主の十字架を見よう
慈愛にうるんだ主の瞳に出会う

心がイライラと落ち着かない時に
主の十字架を見よう
思いが祈りへと導かれる

怒りや葛藤を覚える時に
主の十字架を見よう
ハッとして自分の心を戒める

心配と不安にさいなまれる時に
主の十字架を見よう
神の愛のみこころに気づいて
安らぎが得られる

どんな時も
私のために命を捨てられた
主の十字架を見よう
そこにすべての解決を見いだし
私の生きていく力を見いだす



五 月


風薫る五月
若葉薫る五月
花々が思いっきり微笑う五月

この美しい季節に
人も自分の心と生き方を
美しいものにしたいですね
できるだけ
美しいものに目を向けて



互いに


人の世に生きているなら
人と人とが生きている世にあるなら
互いに支えあい 慈しみあい
励ましあって
生きてゆきたいものです

足りないことも多くて
いろいろ欠けがあって
相手に与える手も
自分が受け取る手も
的確ではないことが多いかも
しれないけれど

すれ違いや
どうもすっきりしないような事も
互いの中に生じることがあっても

それでもやはり触れ合う事を止めないで
感謝しあったり
お詫びしたりもあっていいですね

そうやって
心通わせ温め合うことができたら
いいですね
努力しましょう



恵みの朝露


夜 暗い夜 不安に襲われて心が縮む
嵐はいっこうにおさまらない
人の世の様々な動きに
上手く呼応できなくて
自分の足らなさ 弱さばかりが目について
心が傷んでくる

それでも
神のあわれみに守られて朝を迎える
光が来る 明るくなる
真珠のような朝露が降りている美しい朝
陽の光を受けて 今日も変わらず
神の恵みが届けられている

すべてをゆるし すべてを守り
すべてを導き
すべてを備えてくださる神の恵みが
この卑しい身にも 美しく 優しく
豊かに届けられている

これが生きているという事
毎日毎日
神の恵みに生かされているという事
ハレルヤ!



やっぱり いっぱい


心が動かないので
何をする気にもなれません

原因はあると思うけれど
それを探る気も起きません

重い心の周辺に
寂しい霧が立ちこめているのを
見つめるだけで
何だか空しく疲れたなあ
いろんな事に…

でも無事だから
やっぱり感謝ですね
感謝すること いっぱいありますね
数えてみましょう

日々に与えられている感謝なことの数々を
今 息をしている事への感謝からはじめて
あれも これも 口に出して一つ一つ
感謝なことを言ってみましょう

そうしていると
段々 元気が出て来て
ついには
喜びに満ちた深い感謝を
神に献げることができるように
なるでしょう
心が明るく動き出すでしょう



季 節


春が来て
春が去って

夏が来て
夏が去って

秋になって
秋が去って

冬になって
冬が去って

また春が来て…

毎年同じ事の繰り返し

でもこれは幸いなことだ
繰り返えされる季節を
見られる幸い

生きている!



不思議な救いの計画


神の救いのご計画と遂行は
正道の筋書きの中でではなく
ユダヤ人の悪意ある邪道によって
また弟子ユダの裏切りといった
非道と矛盾の中でなされたということ

聖なる神のみ業としては
なんとも不思議に思えますが
しかしこれこそが
罪よって理不尽と邪悪に満ちてしまった
人類を救う道として当然だった
のでしょうか

神に逆らう人の世はいつも
多くの偽りの言葉で騒ぎたち
真理を押しつぶそうと躍起になりますが
神はそれに対してたいていは
黙しておられるかのようです

しかし神は
人間のあらゆる思惑を越えて
ご自分のご計画を実行され
人類の救いを成就されました

人間が思いもよらなかった方法で
乙女マリヤから生まれた神の御子
イエスさまの十字架の贖いによって

完成された神の救いがここに
主の十字架と復活!



愛の陽


私の空は
今日は灰色だと思っても
振り向けば
やっぱり陽は
高い空に照っている

神の愛の陽が
いつもと変わらず照っている
私の空にも照っている

空が暗く見えたのは
「辛いことがいっぱいあるから」といって
私がその陽に
背を向けたためだった



十字架と復活


この世で一番醜い
さばきの場に
一番美しい花が咲き
この世で一番酷い
敗北の地から

一番大きな勝利と
力が噴き出した




自分では上手く描けないので
人のを真似てみる
見ている時は簡単に思えたが
実際描いてみると
人の真似でも上手くできない

何度も試して
真似してして試している内に
次第に自分の絵が描けるように
なってきた

上手いとは言えないけれど
自分で描いた絵は
それなりに自分の中で光り出す

誰も注目しなくても
その絵はゆっくりと翼を広げて
自分の内外を舞い始める
励ますように



自 戒


受けた痛手が
どんなに深くても
魂の奥まで疼くほどでも

あんまりそのことをいつまでも
あれこれ考えたり
こだわり過ぎたりしないようにしよう

永遠となんの関係もないことで
痛みすぎてはならない
人の目や口 態度などで
振り回されないようにしなくては

神さまに打ち明けて
神さまにすがって
黒雲の多い日々に耐えよう
すっきりと空が晴れわたる
時が来るのを待ち望んで



願 い


人の一生は限られている
月日はどんどん過ぎ去っていく
人間が一生の間にできることは
ほんのわずかだ

自分に与えられた時間の中で
人を暖めるために
傷ついた人々に
神さまのあったかい心を
知らせてあげるために
十分用いていただきたい

聖い神さまが
人を救うために苦しまれた
十字架の愛を
まちがわないように伝えて
傷ついた人々の心が
ほんとうにいやされるように
そのことのために
私の人生を使いたい




受けた傷は
気にしないようにしていても
知らぬ間に心の底に沈んで
泥のように沈んで

ふと風が吹いたりして波立つと
上がってきて
顔の方まで上ってきて
全身に痛みを散らす
そうして人を弱らせる

傷を負わせた者はすぐそれを忘れても
受けた者は 全身がそれを覚えていて
傷の癒しに時間がかかることも多い



主は見てくださる


主は私たちの涙を見てくださる
涙のわけを解ってくださる

主は私たちの目から次々に落ちる涙を
愛のみ手に受け止めて
静に温めてくださり
優しい花にしてくださる

悲しむ人に会ったときに
それをそっと差し出せるように



癒やすものは


私たちの心身の傷を癒やすもの
虚しさと絶望感を癒やすものは
神の愛とお力だ
人となられた神の御子の
十字架の贖いだ

人は決して自分で自分を癒やせない
自分の力や知恵
努力では
決してできない

救いは神にある
神にだけある
これはいつの時代にも
どんな人にも変わらない事実

神の救いはいつもある
求める者のために



追 憶


窓を開けて
雨の滴を招き入れると
手のひらに乗り
頬を寄せたらそっと震え
胸に抱くと動き出した

驚いて足に落とすと
うつむいて泣き
その顔を覗こうとしたら
起き上がって舞をはじめた

その舞は時に明るく
羽を広げて空を翔け
風に並び 水上(みず)に遊び

時に烈しく生々しく
嵐のように狂おしく叫び
もだえ 震え むせび泣き

やがて死のように重く静かに
地を這って闇の彼方に消えていった

闇の彼方を見つめて立ち尽くす
肩をそっとたたかれて振り返ると
雨の滴が戻っていて
私に微笑みかけていた
その頭を撫でようとすると
雨の滴は私の手をすりぬけて
私の足元に座り込んで身を伸ばし
やがてスヤスヤと
吐息をたてはじめた

私はそっと窓を閉めて
灯りをつけ
浮かび出たカレンダーの
数字に強く頷いた



知 る


スマホに触れれば何でも分かる
時代になった
世界中のあらゆる情報はもちろん
ありとあらゆる分野のありとあらゆる事が

何でもスマホが答えてくれる
だから自分は何でも知っている
と思っている人が多い
何でも知っているつもりで
生きている人が多い
表面だけのそれで
だから本物の意義も価値も
求めないで済ます

現代人は果たして肝心な事を
ほんとに知っているだろうか
実は自分自身の事も 周りの事も
目の前の事も 後ろの事も横の事も
あらゆる事のわずかな面も
実際には殆ど分かっていないのではないか
分からなければ不安なはずなのに…

昔の賢者が言った
「自分は何も知らないのだ
ということが分かった」という最高の知識
そこからほんとうに知ることがはじまる

聖書を読もう
そこに真理と知識の宝庫がある
世界の 人生のあらゆる事の知恵と知識が
特に人間が人間として真に生きるための
それがすべてある



麗しい神


主よ 麗しいお方よ
この世界と そこに住むものすべてを
麗しく すばらしく
良く造られた創造主よ

見れば見るほど 知れば知るほど
万物はどんなに見事に造られ
機能しているかを思わされます

この麗しさ すばらしさは
神の愛の麗しさであり すばらしさです
この愛を神は
それを受けるにふさわしくない
ものたちのために
備えてくださっています

麗しく 優しく 温かい
造り主の愛のお心
誰も十分には知りませんのに
十分には崇めることもしませんのに



四 季


  〝春〟
風が春を呼んでくるように
小鳥が春を歌うように

花が満面の笑みを浮かべるように
木々が楽しく躍るように

水が春の調べを奏でるように
私たちも造り主をほめ歌おう

よみがえられた命の主を喜ぼう
生きておられる私たちの救い主を
たたえよう

  〝夏〟
太陽が燃える
来る日も来る日も燃える

私たちも主の使命を受けて
真夏の太陽のように救霊の情熱に燃えよう

そうして
聖霊の力をいただいて
福音のために
この世の灼熱を切り裂いて進んで行こう

  〝秋〟
秋が近づくと日が短くなり
空が侘しい表情になり
風が不安な顔をするようになる

そんな中
木々が派手な衣装を着て華やかに舞い
しばしの饗宴の後で
ハラリハラリと散っていく

人は物思いにふけり
人生を深く考える
秋は哲学を好む季節である

この季節に
哲学よりも確かに人生の意義を教える
聖書を読もう

じっくりと
そこにある神のみ業を思いみよう
みことばを開いて神と深く交わろう

  〝冬〟
寒くなる
寒さが厳しくなる
風も空も水も木々も
みんな冷たくなってきて
生きていくのに一番厳しい季節になる

もし今
私たちの人生が厳しい冬であったとしても
その寒さに耐えられないほど
辛い時を過ごしていても
春を待とう

冬の後には必ず春がやって来るから
じっと耐えて春を待とう

冬は
命の春への準備の時だから
信じて 望んで春を待っていよう

神は厳しい冬の間も
依り頼む者を守ってくださる
寒くてたまらない時でも主を見上げ
うずくまってしまわないで
信仰の足をぐっと踏ん張って
ひたすら春を待とう




木は多くの命を育んでいる

地上に木を植えられた神さま
恵み深い神さま

一本の木にも
なんと豊かに神の愛と知恵と力が
満ちていることでしょう



どこを開いても


みことばは
神のことばである聖書は
どこを読んでも恵み 恵み また恵み
愛 愛 愛 神さまの愛

温かい労りのことばだけではない
厳しい戒めのおことばも
それはやはり神さまの愛から
あわれみから
それが無ければ迷ってしまい
正道を前進できない弱い罪人のために
与えられている尊い愛

読めば読むほどわかってくる
神さまの愛と真実と力
わかれば わかるほど
心が満たされる 希望が湧く

ああこのみことばが私の手元にある
みことばを開いて読める日々の幸い



奥 義


人間が考えることのできないことを考え
人間が到底できないことをなさったのが
真の神だ

聖書には
人間の知性で理解できないことも
読んで疑問を感じることも
多く書いてある

しかし聖書は神の奥義であり
深遠な真理であり
人間に対する神からの愛のメッセージだ

これは信じた者が体験して知っている
主の十字架の贖いを信じた者が
人生の解決をここに得たことで知っている
知りつづけている確かな事実だ

嵐の中でも倒れてだめにならない
神を信じない者には決して味わえない
どんな時も希望と平安がなくならない
暗い道を行く時も
真の神を信じる者は
確かな光が見える生き方ができるから



聖書のメッセージ


神の言葉 聖書をそのままに
伝えなくてはならない
人とは違う
いと高き神を
愛に満ちた神を
全能の力ある神を

聖書に書いてあるそのままに
人に語らなければ
人は決して救われない
聖書の通りに
神を語らなければ
どんなにうまい人間の言葉で
人がうなずくことを語っても

人は決して救われない
人は決して生かせない



曇りの時の祈り


主よ 打ち沈んでいる私の心を導き
励ましてください
空は晴れているのに
私の心はひどく曇っています

どうぞつぶやきではなく
感謝をさせてください
感謝の事柄は 実にいっぱいあるのですが
感謝する力がなくなっているのです

目に見える現実に
つぶれそうになっている私の心を
失望落胆から立ち上がらせ
希望を与えてください
どんな現状の中でも 希望は
主にあることは分かっているのです

悲しみに身を委ねるのでなく
主にある喜びを
味わえるようにしてください

主よ 私の心と思いを
あなたのあわれみとお力によって
ご支配くださり
信仰を与えてください

私が 無限の愛と 全能のお力と
ご真実と恵みに満ちた神に寄りすがって
生きている者にふさわしい
心の状態になれるように
私を助けてください



それぞれの時に


寒いときは暖がほしい

暑いときは涼しい風や木陰がほしい

喉が渇けば水がほしいし
お腹が空けば食べ物がほしい

辛いことや困ったことがある時は
助けがほしいし供給がほしい

病気になれば癒しがほしいし
医者や薬もほしい

孤独で寂しい時は友がほしい
心を通わす語らいがほしい

疲れた時は休みがほしいし憩いがほしい

悲しみや失望に沈む時は
人の慰めがほしい
立ち上がる力がほしい

深く傷ついて心痛む時は
優しい言葉や同情がほしい
解ってくれる人がほしい

迷いや疑問のある時は
適切な助言や導きがほしい

人は皆その時々に
さまざまな状況の中で
必要な助けを
満たしと力を
支えを手応えを
欲している

しかし人の世では
十分に得られない

神に求めよう
神に祈ろう
神を信じて熱心に祈れば
必要な時に
必要なものが得られる
きっと得られる



歩 み


どんなふうに歩んでも
今日という日は過ぎていく

神と人を愛するために労しても
労を惜しんで済ませても
自分勝手に振る舞っても
謹んで自分の足や唇に
気をつけながら歩んでも
気をつけなくても一日は
何も変わらず過ぎていく
形も残さず過ぎていく

しかし実はその人の
歩んだ日々がその人の
人となりを鮮明に
形作っていくことを
またいつの日にか必ずや
自分の蒔いたその種は
自分が刈るということを
しかと心に留めながら
良い種を蒔き良い刈り取りが
できるよう一歩一歩
心して励んでいこう



安らぎ


庭に向日葵も小菊も咲いている
ハトもハチも動いている
空も私もそれを見ている
ひと時互いに近づいて

庭の側の道を
大人も子供も歩いている
バスもミニカーも通っていく
空も私もそれを見ている
互いにそっと気遣って

風は少し吹いてるが
いつになく安らぎ漂う
昼下がり
遠方の師からの便りを手にして
私はしばし
ほんのり笑顔の庭に憩う



今 この時に


人生は
ある意味で特別ではない
普通であり 大抵平凡だ
毎日毎日過ぎ去っていく

しかしまたある意味では
人生は特別だ
今日という日は
たった一日しかない
人と代わることのできない
私の人生は一度切りだ

それはすべての人にとって
神から与えられたもの
自分のものであり
自分のものではない

人生の意義はなにか
私の人生の意義は 目的は

聖書を開いて正確な答えを
見い出さないでしまったら
どうなるか
みな真剣に考えなくてはならない
と思う
人間であるならば
考えることが出来る今
いろん事を探求できる間に
聖書が自由に読めるうちに
世の終わりが近づき
恵みの時は縮まっているから
今 この時に




花はどこにあっても
しとやかに薫って

花は他に誇らず
自分の分で満ち足りて
自分の分で美しく

花は傷ついてもなお
美しさを失くさない力を秘めて
周りにそっと微笑んで
周りをつましく潤して
短い命を慈しむ



とにかく祈ろう


やっぱり祈ろう
とにかく祈ろう

言葉はおぼつかなくても
あまり的確でなくても
とにかく祈ってみよう

一筋の光も見えない道に立っていても
祈れば何かが起こる
祈れば何かが変わる

祈ろう
祈ろう
どんな時にも祈り祈ろう



不機嫌


「不機嫌もやはり罪です」と
シスターKさんが言っていた
たしかにそうかも…

人は時々些細なことで
不機嫌になってしまうけれど
それは周りに嫌なものを与えてしまうから
気をつけなくてはならない

きよめられて 自分を制して
神にも人にも
機嫌よく接することができるよう
心がけたい



一本の常緑樹


冬が来る前に周りはみんな
葉を落として身軽になるのに
あなただけが
年中重そうに葉をつけている
それはあなたの誇りですか
それとも愁いですか

樹は静かに応えた
どちらでもないです
これは天が定めた私の分ですから
私はいつも
私の分を精一杯生きています

春になると周りは一斉に
新品のきらめく衣装を身に着けるのに
あなたのは何となく色あせて
古びて見えるのですが
気になりませんか
自分の姿に落ち込んだりしませんか
それとも「別に」としらける気分ですか

樹は微笑を浮かべて応えた
私は特に何とも想いません
周りと同じでも違っていてもかまいません
他と比べる無意味な生き方は
したくないですから

天が定めた通りに生きている
それが私の幸せなのです
私は 私の幸せを知っています



聖書の中に


聖書には
残念な事がいっぱい書いてある
醜い事や 悪い事 異常な事や
汚い事も そのまま書いてある

(これを読むのは好きではないけど)
人間の罪と愚かさによって醸し出される
残念な事の数々
聖書はこの現実をそのまま描写している

人は誰もこの現実から逃れ得ない
だから目をそらして
きれいごとで済ませたいのだが
そうしたところでなんの解決もない

人の世にある
いや自分自身にもある
これらの残念な事の確かな解決は
やはり聖書の中に見い出される

事実の記録
真理の描写
救いの記述



それだけで


イエスさまが、私と一緒にいてくださる!
それだけで、私は十分幸せだ

いつだっていろいろな欠けもあり
重荷もあり
思うようには行かないことも
多々あるけれど

それでも私は
イエスさまと共に日々を過ごせるから
それで心が満ち足りる

イエスさまは私のすべてだから
この方以外のどんなものも
そんなに求むべきものではないから
ただイエスさま
私のより頼むイエスさま



行き着くところはイエスさま


やっぱり行き着くところはイエスさま
救い主なるイエスさま

風の強さに悩まされ 疲れるときも
雨に打たれて泣くときも
心身の痛みや他からの棘に苦しむときも
逃れて行けるところはイエスさま

そこに行き着くまでは
暗い夜道を震えながら歩くような心地で
寒くて 辛くて 苦しくて
悲しくて 寂しくてやり切れなくて
信仰も祈る力もなくしてしまいそうに
なってしまった時も 気を取り直し
必死にイエスさまのお名前を呼んだら
心に光が射してきて

みことばを頼りに
イエスさまの温かいみ手に触れたら
希望と信仰と平安を取り戻すことができた

どんなときも
行き着くところはやっぱりイエスさま
とにかくイエスさま



変 化


昨日の失敗 今日の損失 明日の獲得
こだわってしまうと心を煩わす

あらゆることは変化する
始まりも終わりも見えない吹く風も
似ているようで二度と同じカタチでは
現れないあの雲も

その変化がわかるものだけでなく
気づかない内に静かに進んでいる
変化もある
大まかの変化 小刻みの変化
ふいに人を襲う悲しみの変化
訪れる喜びの変化

昨日と今日と明日と
あらゆる営みを貫いて
すべてのものにすべての事に
くりかえされる可視または不可視なものの
変化の不可思議

時は刻一刻と進み
やがてすべてが永遠の変化へと移っていく
時に向かっている



命あるもの


あちこちに転がっている
弱いもの 不確かなものらを
強い風が巻き上げて勝手に運んでいく
大地にぶつかり
空っぽの音をたてながら
ぶざまなゴミとなって転がっていく
私の内側にあるものに似て

木の枝と葉にも
風はしきりに揺さぶりをかけている
しかし木の枝と葉は懸命に風に
抵抗している
――命あるものは戦う――
その力
大事なものを守るために

風は去って行った
間もなく顔を出した穏やかに陽に
胸を広げて和んでいる豊かな緑
――命あるものは安らぐ――
その度量
大事なものを育むために

枯れ葉と同じ色の蝶があちらへと
こちらへと
自在に命を舞っていた



ひとこま


淡青の空の下に見る
萎れかけた花
その姿は寂しそう
辛そう 恥ずかしそうかと思って
近づいてみたら
むしろ満ち足りた表情をしていた

好ましいこと
好ましくないこと
さまざまある中で
精いっぱい生きて
自分の生を全うしようとしている
澄んだ誇りを漂わせて

すべてに応じ
すべてに動じない芯の強さと
健やかさ
現状に不満や煩いをもって
揺れ動いている者に向けられている
静かな花の眼差し

目立たない色の小さな蝶が寄ってきて
花の周りを舞い始めた

密やかに生を閉じようとするものと
無心に生を継続するものとの
小さな触れ合いが
空の瞳を占領していた



そうだから


生きているから辛いこともある
痛みもある

心があるから悲しみも感じる
傷つくこともある

人生には時々嵐が吹くから
不安になったり おろおろしたり
思い煩ったりする

矛盾 理不尽も多くて
曲がっている世を
真っ直ぐに歩もうとすれば
苦しみも味わい誤解も受ける
幾つもの辛さや
やり切れなさを体験する

神を信じているから
祈ることができる
神に助けと励ましと慰めをいただける
そうして倒れず生きて行ける




「君の目はどこについているんだ」
「顔の上のほうに…」

そういうことではないのを
誰でも知っている

何を見ているのか
どこに目を向けているのか
見たものをどう受け止め
正確に認識し判断しているのか
それに基づいた行動をしているか
ということ
知性と心の在り方
生き方のこと

人は毎日同じようなものを見ている
慣れたものを見る目は殆ど動いていない
時々違うものも見ると
ちょっと目を開けるが
それが特異なものでない限り
人の目は通り過ぎていく

私たちが生きている世界には
肉眼で見えるものばかりではない
見に見えない事実がある
見るべき大切な事実がいっぱいある

その中で最大のものは
神の存在とみ業だ

幸いなことに
目には見えないこのことが
聖書に書かれている
聖書は見えない神を
そのみ業を見えるように
わかるように書いている

聖書を開こう
私にとって
一番大切なものを見るために



耐える


風が泣く
木の葉が嘆く
私の目が涙を流す
それぞれがそのわけあって

風は泣くことで
木の葉は嘆くことで
私の心は涙を流すことで
痛みを少し和らげる
そうしてみんなそれぞれに
自分の痛みに耐えている

他のせいにしたり
他を痛めたりしないで
自分の痛みに耐えることは
大事なこと
必要なことではないでしょうか
と震える声で風が呟く

今日も多くが泣き多くが嘆き
多くが傷んでいる世界

耐えていれば現実は変わるだろうか
光は近づいてくれるだろうかと
必死に問う声あちらにもこちらにも
答えはなくても耐えるほかないのが
多勢

それでもいつし陽が射してきて
風の声がだいぶ明るくなった
木の葉も瞳を輝かせはじめた

世界にはまだやはり慰めもあり
恵みもあるのだ
それも見つけていけるといい



日暮れの空


日暮れの空がなにか言いたげ
終わることのない人の悲しみを
少しは担ってあげたいけれど
そんな眼差しをちらちら見せて

間もなく終わる日を惜しむものたちに
同情し
うつむいたままで
今日の扉を閉じなくてはならない
ものたちを案じるように
不明瞭な明日への不安を抱くものたちを
労るように
優しい顔を曇らせて
地に住むものらを ふりかえり ふりかえり
日暮れの空が去っていく

月と星を抱いている夜の空に
慰めを与えてあげてと
伝言しながら引き継いで
日暮れの空は勤めを終える
明日 すべてのものに
陽光(ひかり)の幸が
注がれますようにと祈りながら



程良さ


言葉でも行動でも
何においても「程良さ」が必要だ
しかしたいてい人は
多すぎたり少なすぎたりのことが多い
自分も周りも

それを調節しなくてはならない
わかっていても
なかなかできないこともあって
トラブルに繋げてしまう

それでも自分のことなら反省して
心して
祈って努力もできるけれど
他の人 周りの人のそれとなると
どうにもならないことが多い
その現実に悩ませることが少なくない

何事も「程良さ」という点を
お互いに心がけられたら
と願う



課 題


人は誰でも
幾つもの課題を抱えて生きている
ある人は心身の弱さや痛み
家族や対人関係の難儀
経済的なことや仕事のこと等など

困難や欠乏や戦いや苦痛があるのが
人生
普通のことだとわかっていよう
わかっていても実際は辛いけれど
打ち負かされないようにしよう

忍耐は要るけれど
神様はきっと助けてくださる
恵み深い生きておられる神様を信じて
とにかく
祈りつつ取り組もう



すべての事の


人生には
自分が望まない事
自分が好まない事なんて
いくらでもある
いくらでも起こってくる
自然界の事や人間社会の事
周囲のいろいろな事に
(それについ呟きたくなるけれど)

すべての事の
すべてのもののご主権者は
神様だ
私はそのみこころに
同意しなくてはならない
それができない時は
ひたすら祈って
私の心を導いていただく
私の好み、私の願いはすべてささげて

それが信仰 それが神に従うこと



告げる


悲しい時は悲しいと言っていいのです
辛い時は辛いと
痛い時は痛いと言っていいのです

誰かに伝えていいのです
聞いてくれる人がきっといます
だれも聞いてくれなかったら
空に向かって雲に向かって
風に向かって
木や花に向かって
星や月に向かって
話したらいいです

黙っていると
心が破れてしまうかも
しれないから
口に出して声に出して
まるごと言ったらいいのです

地に住む弱い者たちを
じっと見守っている
大きな存在
優しい存在を覚えて



侘しさ


夕暮れ時は
「侘しいなあ」と一人つぶやけば
「そうですね」と風は応え
空はうなづく

夕暮れの色彩は柔らかいけれど
悲哀の色を含んでいる
ひとりぼっちの人にはことさらに

侘しい時寂しい時に
人は誰かの共鳴を求める

響き合えるといいですね
慰めあえたらいいですね
侘しさ寂しさの漂う世にあって



今を生きる


今を生きる
ここで生きる
昨日を背負わず
明日を覗こうとせず
与えられた今この時を
ひたすらに
みことばを握りしめて
しっかりと生きる



人の世


良いこともあり 悪いこともあり
うれしいこともあり 嫌なこともある
楽しいこともあり 辛いこともある
偽りもあるが真もある
厳しさもあり 憩いもある

誠実な心温かい人もいて
身勝手で不誠実が常の人もいて
思慮分別のある人もいて
無い人もいて
プラスを受けたり
マイナスも受けたりする
失うこともあり 得ることもある

それが人の世 色々あるのが人の世

それら一つ一つに
あんまりこだわってしまうと
私の道が狭くなり足元も揺らいで
先に進めなくなるから
目に見える事柄からなるだけ
心身を離して

上を見上げ
共にいてくださる主と語らいながら
主の道に学ぼう



受 容


それがどんなに
辛くても
大変でも
嫌でも
与えられたものを
受け入れていかなくてはならない
人の定め
受け入れるしかない
自分に課せられた諸事

それをただもう惨めに思って
落胆や苛立ちの中に沈むこむか
苦悩を乗り越えて
前を向いていけるかは
自分の心構え 知恵 選択 忍耐 努力
姿勢によるだろう

周りの励ましがあれば助かるけれど
それだけでなく
神に助けを請い 祈り委ねていけば
必ず光が見えてくる
「万事を益に」(ローマ八・二八)の
みことばを信じて
受け入れれば
マイナスの面にも
感謝できるようになるから



懇 願


振り向いてほしくて
誰かに振り向いてほしくて
空は色を変え
雲は広がり
雨は地上に降りてくる
風は動いて木々をゆすり
鳥はさえずり
虫や動物は動き回り
花はひたすら胸を開く

人も
誰かに振り向いてほしくて
頷いてほしくて
顔を曇らせ肩を落とし
涙を流す

時々拳を握って声を発し
訴える
ある者は暴走したり奇行に走ったり
引きこもりになったりと
様々な形でしきりに訴えている

振り向いてほしくて
誰かに振り向いてほしくて
暖かく頷いてほしくて



桜 雨


悲しみを胸の深くに抱えた人に
桜の花びらが
しきりに涙を贈っている
真珠色に光る優しい涙
他には人の居ない公園に
こぬか雨が降り注ぐ

人前では
何気ない顔で振る舞っていたけれど
一人になったら
悲しみの記憶が内側から扉を開けて
姿を表してくる

ハラハラと全身から
涙を大地に落としている人に
辺りの景色はみんな潤んだ瞳を向け
何をも訊かず
何をも咎めず見守っている

小雨を受けてかすかに揺れる
桜の花に包まれた
ゆかしく霞む公園に
優しい雫がそっと散る



祈 る


「時計の針よ
どうかいつもの二倍 三倍の早さで
回ってください」

危険と痛みの襲うこの夜が
早く早く過ぎて
無事に朝を迎えるように
私は君のために祈る

騒ぐ闇を刻み
寄せる不安をぐるりと回りながら
透けるような正確さで動いていく
時計の針を見つめては手を合わせ
また目を閉じては祈る

一時間という未曾有の時の長さに
繰り返し焦りながら
この夜の石のような時の重さに耐えて
君のために祈り続ける



ご降誕


「世の人の 騒ぎあまたの クリスマス
 信じる者は 静かに祈る」

文字どおり
天を裂いてこの世に降りてこられた
神のみ子

輝かしい天を
聖なる場所を離れて
汚れに染まった 醜いこの世に
おいでくださったイエスさま

闇のひとかけらもない世界から
闇に被われた人の世界に
お生まれくださった
光の神であられるこのお方

真の光 天の光 愛の光
命の光 希望の光
道の光

この光なしに
どうして人は幸いに生きられよう
この方のご降誕のおかげで
私たちは救われ
希望と平安の中に生きられる

ああ世にお一人の真の救い主よ
人となられた偉大な神よ



苦しみ


前の苦しみよりは
今回の方が軽いのでは
そうかもしれないけれど
苦しみはその都度重く
比較はできない

苦しんでいる人は大勢いるし
あなたよりもっとひどい目に
あってる人だって…
と人は言う それは事実
しかしそれを思っても
自分の痛みが
軽減されるわけではないのも事実

目の前の苦しみは
いつも耐えがたく
その実感は本人にしかわからない

苦しむ者への周りの理解や同情
具体的な助けは絶対必要で
人はそれで支えられるのだけれど
しかし
苦しみの中心の姿は
誰にも見えない孤独
冷酷で完全な孤独



結 果


人が「良かれ」と思ってしたことでも
必ずしも良い結果になるとは限らない
相手に伝わるとは限らない
その逆の事だって時々ある

それは 自分の認識不足や見当違い
やり方のまずさということも
あるだろううし
相手のもろもろ
そして人間社会の様々の中での
行き違いということもある

だから「良かれ」と思ってしたことが
たとえ良くない結果になってしまっても
ひどく嘆いたりあんまり自分を責めたり
しないようにしよう
益を得ない

ただ何をするにも
人の世において
いくつもの状況と教訓を心得ながら
十分な考慮と注意と反省をもって
慎重にすることは とても大事だ
ということをしっかり覚えておこう



まさかの


まさか まさかの現実

人の世にはなんだってあるんだから
驚くには及ばないか
嘆いてもしかたがないか
ため息をつく以外ないか

空は広く高く晴れ渡っている
花は美しく咲いている
木々は風に答えて青々と揺れている
小鳥は楽しくさえずっている

自然は時々醜く荒れても
また落ち着きと良さを取り戻して
存在の光を見せてくれる

人の世のこの醜いありさまは
何だろう
なぜだろう
いつまで続くのだろうか



警 戒


人は
知らず知らずのうちに
真理からはずれ
光を見失ってしまう

絶えず注意して
へりくだって
自分の心と歩みを点検し
みことばの光を真っ直ぐに
受け留めていないと
容易に主の道からそれてしまい

それさえも気づかないか
気づいてもウヤムヤにして
上辺だけを繕ってしまいやすいから
気をつけなくてはならない
そうしてしまうと
自分にとってとても大切なものを
失くしてしまう

識別と洞察と点検
あらゆる事にしっかりと



草の花


立ち止まってよく見れば
実に綺麗な草の花
小さくて
とても小さくて
とても静かに咲いている

いろんな形の
いろんな色の花たちが
並んで咲いている
他を疎んだり退けたりしないで
「みんな仲良しでみんな幸せです」
とでも囁いているような
明るくつましい微笑を浮かべている



現代社会


自然の良さが減っていく
自然の調和と美が壊されていく
だんだん自然の恵みが薄れて
その悪影響が確実に進んでいる

それがそのまま
人と社会の中に流れ込んでいるから
自然も人もずいぶん悪くなってきている
困った事になってしまった現代社会

真剣に対策を考えないと
先が案じられる
現代社会の問題



新 緑


新緑はさわやかで明るく
柔らかく温かい
しとやかで清々しく
すっきりと軽やかだ

新緑はよく目立つが
気負いがない
自己主張がない

新緑は命の美しさに輝き
天の光を湛えて舞い
すべてのものに
優しい笑顔を向けながら
静かに華やいでいる
造り主への賛美に満ちて




雨が降ってよかった
雨が上がってよかった

天の恵み
神の守り
ありがたい



慣れる


特別な悪でなくても
良くないこと まちがっていること
おかしなことを 見聞きすると
人は首を傾げ顔を曇らせ
時には憤慨して それを口にする

しかし どこでも
人の世のまちがいは よくないことは
なかなか良くならない
たいていはそのままでずっと続いていく
「おかしいよ」と言う人の声は届かないで
そのうち消されてしまうことが多い

すると人々は
よくないこと まちがっていること
おかしなことに そのうち慣れてしまい
だんだん無感覚になってしまう
そうして自分もいつしか
その状態に迎合してしまいかねない

これは実に
怖いこと 困ったことだけれど
どこの世界にもある問題
信仰の世界にも 教会にも
時にはあるかもしれないから
気をつけなくてはならない

人は
慣れたことを 慣れた所で
慣れたようにするのは容易なことだから
何処でも 何事においても
無反省に慣れてしまうことで
腐敗するかもしれない
知らぬ間に
腐敗が進んでしまうかもしれない

朱に交われば…
それでも赤くならないようにすること
信仰者には大切なのですが



マイペースで


生涯
探求 努力 勉強
あらゆる面で
しかし無理をせず
マイペースでたのーしく

そうして倹しい中にも
心豊かな価値ある生涯を



ボタン


人生はどうしてこう幾つも
ボタンが合わないんだろう
ボタンが掛け違っているんだろう

何とか一つ直しても
他のがまた違ってしまい
次も次もで
どこまでいってもいつまでたっても
掛け違ったまま
何となくみんな我慢して着こなしている

着心地が悪くても
不格好だと嘆息しながらも
その着物を脱ぐわけにもいかないので
自分のも他人のもそのままで
あんまり気にしないように過ごしている

ボタンがふいに光に出会うと
一瞬目を輝かし
身を乗り出して
真剣に何かを問う様子が見えたりする

ボタンは
実はいつも光を求めているのかも知れない
光を頼りに
掛け違いを直したいと
思っているのかも知れない



時 間


苦しい時の時間は
カタツムリの足より遅い おそい
「どうか早く去っていって」と頼んでも
人の願いなど無視し 冷笑し
苦しむ者の前にどっかと腰をおろす

楽しい時の時間は
早足の風
あっという間に去っていく
「もっとゆっくり」と願う者を一瞥し
さっさと居なくなる
「追いかけても無駄だから」といった
顔つきを見せて

時間は
人の気持ちに答えるわけでも
変わるわけでもないのに
人の心の前で
伸びたり縮んだりする
時と人の感覚との不思議な関わり



良い人生


全知全能の
万物の創造主にしてご主権者なる神

唯一絶対の
無限なる永遠なる不変なる存在にして
三位一体の奇しき神

恵みとあわれみに満ちた愛の神
至高の存在にまします生ける真の神

このようなお方に
この取るに足りない罪人が
命をかけた愛で愛されているという
信じられないような恵み
神の御子のあの十字架を通して

この神を畏れ尊ぶ者は
どんな時にも無くならない
充足と平安と保護の中に生きられる
この上なく幸いな生き方ができる

神を信じる者の
とても とっても良い人生
 道

歩いているのは誰ですか
「私です」
どこまで行くのですか
「定かではありませんが
まだ道が続いているので歩いて行きます」

その道をどれくらい歩いているのですか
「ちょっと計れないのですが
もうかなり長く歩いています」

ここまで来るのに道が幾つも
あったのですか
「いっぱいありましたが
振り返って見たら一本の道でした」

その道はどんな道でしたか
「平坦でまっすぐな所もありましたが
曲がりくねっていたり
石ころだらけの道や砂地もあり
険しい山道や坂道 泥道も
結構ありました
狭くて暗い危険な所も幾つかありました」

「道端に花がいっぱい咲いていて
小鳥の声が聞こえる平原の道もあって
涼風に吹かれて
うとうとしそうになったりもしました
この道を行けば
間もなく広い街道に出るに違いないと
思っていたら
いつの間にか谷に降る道に入っていました
あわてて引き返そうとしたのですが
だめだったので
がまんして谷の道を歩き続けていたら
そのうち明るい道が見えてきました」

あなたの足と心もずっと一緒
だったのですか
「そうですね はぐれてしまったり
反対方向に行こうとしたり
泣いたり怒ったり
抗議したり尻込みしたりで
困ってしまうこともありましたが
とにかく何とか
ここまで付いて来てくれました」

その道は良い道でしたか
「そう思っています
ここまで無事に来れたのですから
やっぱり良い道だったと思います」

これからもその道を歩いて行くのですか
「はいそのつもりです
それが天が私に備えた私の道ですから」




海に向かって胸を広げ
目を広げて聞くものに
海は語る

あるがままの姿の美しさを
悲しさを
自分の任務を果たすことの厳しさを
偉大さを
海は朗々と語る
人の目の深くへと切々と語る

人が謙虚に海に向かうと
海はいつでも快く迎える
海に向かって人が心から語ると
海は頷きながらそれを聞く
その広い胸に受け止めて
その深く聡明な心でじっと聞く
人の内にあるあらゆるものに
キラキラと涙を浮かべて共鳴する

海は人に
存在の光と希望を見るようにと教え
幾度も促して人を励ます




一つの夢が砕けても
また別の夢を見ればいい

夢は
夢を追って生きる者のために
手を貸すことを厭わない

昨日までの夢が実を結ぶことなく
終わっても
夢のなかに咲いた美しい花を
見ることができたと喜ぼう

どんな難しい現実の中にあっても
夢を抱くことを忘れないようにしよう

生涯の終わりの日まで絶えず
夢を追い続けよう
実現することなく散った夢の分を
人は心豊かに生きられる

昨日も 今日も また明日も
夢を膨らませて楽しく日々を過ごそう



エプロンは微笑った


窓から射す朝の陽光(ひかり)に向かって
エプロンは微笑った

一日をスタートする恵みに胸を躍らせ
生命(いのち)を支える働きに加わる
喜びに弾んで
エプロンは微笑った
伸びたり縮んだり揺れたりして
右へ左へ動き回り
熱いものに驚いたり
埃をかぶったり
重いものや固いもと苦闘したりして
もみくちゃになりながら
うんうんと頷いてはせっせと働き

疲れても
自分の存在が多くのものに役立つ
幸いに満ち足りて
エプロンは微笑った

そうして忙しい一日を終え
窓辺の星としばしの語らいをしてから
「おやすみなさいまた明日」と
小さな声で言って
エプロンは静かに微笑った



土を掘る


土を掘る
花の苗を植えるため
それと一緒に
抱えた苦悩も植えるために

探してみたが
他に場所が見つからなくて
花の苗に無理に頼んで
場所を借りる

もしこの苗と
この土との折り合いがついて
やがて花が咲いたなら
私の苦悩も土に溶けて
大空の下に薫る
花の一部になれたらと
密かな願いに土を被せ
両手を広げて土を均す



弱さの力


泣いたってどうしようもないでしょう
解決になりませんよ

そうですね 確かに
でも泣いたおかげで
私は今生きているんです
泣けなかったら
死んでいましたもの

あの辛さの中で



快 晴


空はウフフと笑っている
太陽はアハハと笑っている
風はオホホと笑っている

いい日だなあ
背負った荷物を放り投げて
私も一緒に笑ってみよう
青草に身を溶かして
笑ってみよう



日 々


今日も日が暮れた
夜になった
無事だった
感謝できた



毎 日


毎日毎日同じ事の繰り返し
これは実は幸いな事
できなくなったら大変だから
毎日同じ事ができるのは
とても大きな恵みだ
大きな幸だ



一 番


寸法のない高さの
天の奥の奥
どんな技術をもってしても届き得ない
地の下の下
海の底の底のすべて
大宇宙の果て果てもみな
聖手に治めておられる万軍の主なる神

万物の創造主にして
主権者なるお方が
この小さな罪人のために
命を捨てられた

あゝ何という愛を受けたことか
これを知る以上の獲得はない
これを信じる以上の幸いはない

これが一番
世界の一番
私の一番



ゴルゴタの宝石


ゴルゴタの丘に
イエスさまの流された
聖い血潮が
天の光を受けてキラキラ
輝いている

この世で最も残忍で醜いものが
繰り広げられた丘に
あの日
神のみ子が十字架にかかった
あの日

暗黒の雲に被われた
ゴルゴタの丘に流された
罪のないお方の聖なる血潮が
醜い人間の罪を洗い流す
神の愛と力をちりばめた
美しい宝石となって輝く

罪の赦しという
世にふたつとない
この高価な宝石は
すべての人が無償で得られる
不思議な宝石

これを自分の信仰の手を出して
いただく者は
この世の闇からも
永遠の滅びからも救われて
消えない希望と揺るがない平安と
天に繋がる幸いに生きることが
できる

二十一世紀の今も
神の愛と力で
輝きつづけているこの宝石
ゴルゴタの丘から
無限に掘り出される
救いの恵みに輝く宝石



メメントモリ


時は来て
時は過ぎ去っていく
刻一刻と正確に冷淡に

時を定めた神により
時に従う定めを負うすべての人の前で
人生の終わりに向かって進んでいく
メメントモリ

人の一生は長いようでも束の間
ある人にはゆっくりと
ある人には突然に
しかし誰にも確実に訪れる
人生の終末

成功者にも失敗者にも
強い者にも弱い者にも
富む者にも貧しい者にも
健康な者にも病弱な者にも
メメントモリ

多くの人は
苦しみと悲しみと侘びしさの中で
終わりを迎える
けれども
真の神
救い主イエス・キリストを信じる者は
人生を虚しく悲しく
寂しく閉じることはない
天の御国への希望と感謝をもって
その時を平安に迎えることができる

生かされている今を感謝しながら
活き活きと励んで
意義ある良い終わりに向かって
メメントモリ

(「メメントモリ」は「人は死すべき者であることを覚えよ」の意。ラテン語)



天を見上げて生きる


空には太陽がある
雲がある
月があり星がある

しかしそれは私たちの目に見えるもの
空の奥には
私たちの目に見えない無数の星や
もっと多くのものがある

最も高い所には神がいて
天使がいて
数多くのすばらしいものがある

神を信じないままだと
天にあるすばらしものを
永久に見ることができないで
やがて永遠の闇に沈んでしまう

私たちは 今 生きている間に
神を信じよう
空が見えている間に信じよう

神をはじめ
天にあるすばらしいものを
見る日が来るのを信じて
地上の悩みに耐えよう
信仰の目で神を見上げて
しっかり生きよう



我 慢


我慢するのは大変だけれど
難しいけれど
我慢することは必要だ
何事につけても我慢しないと
得られないものがあり
忍耐をなくしたために
損じてしまうことが多くある

我慢は辛いけれど
間違いやトラブルを避けるために
良いものを手に入れ保つために
自他の大切なものを守るために
心に言葉に行いに
我慢 忍耐はどうしても必要だ



今日は


座ると悲しみが重くなってしまうから
今日はずっと歩いていよう
そうしていると悲しみが少し軽くなるから
とにかくただ歩いていよう
疲れ果てても歩いていよう

心の内側に流れてくる涙が
キチンと止まるまで
一人でただ歩いていよう



神のご命令


神さまのご命令
それは人間への愛であり
愛の表明だ

神さまの命令がなければ
人間はどう生きたらいいか
よくわからず迷ってしまうから
迷って道を外してしまうから
そうして自分をだめにして
しまうから

神さまは
迷いやすい 愚かな私たちに
ご命令を与えて
守っていてくださるのだ

神さまはいつだって
人間のことを想っていて
くださるのだ



慎重に 丁寧に


何という愛に欠けた乱暴な答え方を
するんだろう

求めて問う者に
一方的に 既定的に 棍棒的に
即座に答えを出す
しかもそれが
聖書の教えとばかりに

人の心は大切です
人の心は時に
ことばで表しきれない多くの事を
抱えています
迷ったり 痛んだり 沈んだり
黒ずんだり 困ったりしています

もっとゆっくり聞いて
一緒に考えて
人としての心を使って丁寧に
答えてあげないと…

みことばの教えは慎重に 祈りつつ
愛と希望を含んで語ってあげなくては
人を生かしませんから
気をつけましょう

人の心とみことばの光を尊んで



一つのことで


一本の電話
一通の手紙
一人の人の一言で
人は全身を打ちのめされることがある
心が暗闇へと直行し
光を見ようとしなくなって
時には死の道へと近づいてしまう

普段あまり気にも留めていない
日常の恵みが一つ欠けただけで
どこにでもある一つのトラブルで
それまで手元にあった幸いが
いっぺんに吹き飛んでしまったりする

十のうちの一つ
いや百のうちの一つで
人はすべての希望も平安も気力も
失うことがある
そうして目の前の色彩が暗色一色となる
そういうことが時にはある

そんな時そこから抜け出る力に欠ける人は
少なくない
人間は弱いものだから
誰かの助け
すがりつく何かを必要としているのだ
求めよう



失 敗


失敗は
何よりも自分の心に痛い
ひどく痛い

でも先に行ってしでかすかも知れない
もっとひどい失敗を避けさせるために
神はこの
修復のきく普通の失敗を
あえて許容してくださったのかも知れない

そう思って感謝しよう
神に赦しと助けを請い
十分反省したら
もう自分の失敗を責める思いを静め
祈って心を解放(とく)ようにしよう

失敗から学んだ事を
しっかり心に留めて
明日に向かおう



見つける


春を想う
春を見る
春を歩く

春を想うと希望が湧く
春を見ると心が明るくなる
春を歩くと
自分のよく知っていることや
今まで気づかなかった事に出会う
頷いたり 驚いたり
怪訝に思ったりするような

春には春がいっぱいだけれど
自分は未だ
春のほんの一部分しか見ていない
知っていないと解ってくる
それでなおも春を探す
さらに春の輝きを見つけ
春に満ちている命の不思議を
見つけるために



愁 い


霧のように漂っている
この深い愁いは何だろう…

自分のことであり
他人のことであり
あのことであり
このことであるかも知れない

しかしなおはっきりとは
自分のことでも他人のことでも
ないような
あのことが
このことで…というほど
確かでもない

あれもこれも
混じり合い重なり合ったような
言葉にならない愁いが
心深くに染みてくる
拭いきれずに
静かな風に手を触れながら
涙をそっと流している



逆さま


逆さま 逆さま 逆さま

逆さま様
そんなに口を尖らして
あなたの言いたいことはなんですか

神の御子の十字架のことですよ
罪のない者が罪に定められ
裁き主なる神が人に裁かれ
罰せられるべき人間が神を罰した
逆さまですよ
こんな逆さまは他にないですよ

この私が今まで見てきた
逆さまの中でも最高のひどい
世が始まって以来の 逆さまですよ
まあよくもそんな
逆さまがなされたもんだ

「ところで どうして
そうなったと思いますか
あなたはその理由(わけ)を知ってますか
考えてみたでしょうか

『そんなこと興味がない
どうでもいいこと』と
もしあなたが言うなら
あなたの人生と存在は
実は逆さまになっているかもしれませんよ
逆さまのままで
まともに生きられるでしょうか
これからもずっと…」



錯 覚


どんな分野においても
どんな探求を重ねても
人の知り得る事はすべて
そのわずかな側面でしかない
全部など誰も決して知りえない

人が自分の存在のすべてを
知り得ないように
この宇宙の外側 内側
見えるもの 見えないもの
さまざまな事柄について
人に分かるのはほんの僅かだ

なのに人は少し余計に事を知り
新しい思いつきや発見をしたりすると
まるで自分がなにもかも
知り尽くしたかのように錯覚し
その錯覚の台に乗って
傲然と物事を決め付けにかかる

そして ちょっと見渡せばいつでも見える
明らかに自分の存在を越えた事柄にさえ
自分の偏狭な尺度で測ったものを
「真正」と表示してはばからない

「証拠に基づいて」というけれど
どんな面でも 人が知っているのは
事実のカケラに過ぎないのに
大空がよく見えない
自分の姿もよく見えない
薄暗がりの中で
そんな事をしていても
確かなもの 天の光に耐える
価値あるものは
何も見えず
何も得ないでしまうのではないのか



問 い


あなたはいつも事実だけを信じていますか
たとえ事実でも信じられない事
信じていない事って
ないですか

それがもしこの世の些細な事柄だったら
構わないと思いますが
あなたの永遠に関わる事だとしたら
それは重大です

あなたがまだ知らない
信じていない事を
永遠に関わる大変重要な事実を
聖書はあなたに伝えています
神の特別な愛と
救いのみ業を語っています

聖書を読んでみませんか
その話を聞いてみませんか

あなたの心に光が見えるはずです
希望が 生きる力が得られます
それは確かな事です
このような幸いな事実は
他のどこにもないですから
どうぞこれにあなたの目を向けてください



いただいて


私の信じる神
主イエスさまから
あわれんでいただいて
ゆるしていただいて
かえりみていただいて
たすけていただいて
まもっていただいて

いつもいつもいただいて
いただいて
今日まで生きてこれた
昨日も今日も明日も
私の信じるかみさまから
みーんないただいて!

人にいつも
惜しみなく与えてくださる
愛の神さま!



特別の中の特別


見よ! と聖書が言うとき
これは特別な事
もちろん 聖書のおことばはすべて
特別な事で 決して通常な事
当たり前の事ではない

特別に偉大なお方の
特別なご存在とみ業が書かれてある

その中でもイエスさまの事は
特 特 特別な事だ
イエスさまの受肉 十字架 復活 昇天
普通はありえない
世にはないこの特別な事を

見ないわけにはいかない
見ることが許されている間に
見なくてはならない

そうしてこれを受け取り
自分のものにしなくてはならない
この特別な神の恵みを!



信仰者


信仰者は
人生を未来から見る

たいてい人は
過去を引きずり
過去の顔色を伺うようにして
自分の人生を過去から計っている

あるいは現在だけを見わたし
目に見える事柄に一喜一憂しながら
落ち着きなく生きている

信仰者は主の贖いを信じて
過去を主の赦しのみ手に置いて
現在を喜び
未来への希望に生きる

現在の問題や困難や弱さの中で
主の助けをいただきながら
天と永遠に繋がる
揺るぎない希望に生きる

愛と力に満ちた主のみ手の中で



揺れて終わらないために


人の心は些細なことで揺れ動く
神を知っていても 現実を見て
現実ばかりに目を奪われると
動揺し 混乱し 迷い 落ち込み
動転する

神は力ある救い主だと分かっていても
ひどく厳しい現実の中では
神よりも 現実が大きく見えて
心を塞ぐ
心が闇にとらわれてしまう

そんな時 そのままの状態に
とどまってはいけない
祈ること 祈ること
自分の状態を神に告げて
とにかく神に助けを乞うこと
それができないほどに弱ってしまったら
信頼できる信仰者に打ち明けること
祈ってもらうこと
そうすれば きっと立ち上がれる
再び主の光が心に差し込んでくる

主はどんな時も 何度でも 何度でも
生きる日の限り
弱い私たちを助けてくださる



大きな問題


罪の赦し
罪からの救いは
人間にとって
最も大きな問題であるのに

神のみ子がわざわざ人となって
世に来なくてはならないほど
大きな事であるのに
罪のない聖なる生ける神が
人間の罪の身代わりに
罰せられなければならないほどの
十字架の死を経なければ
決して処理できなかったほどの
大問題であるのに

人間は自分の罪を
誰でもしているから
たいしたことではないと軽く考え
その処理を本気で願わない

そうして罪を抱えたままで
自分の業に励んでいる
罪という毒を内に秘めて
日々の歩みを済ませている

「それでいいのですか
そのままでは、
その先どこへ行き着くか
考えなくていいのですか

神のみ子が命を捨てて
人を罪から救う道を備えて
くださったのです
求めませんかその道を
見ませんかその愛を
手にしたくないですか
この大きな救いを
この世にまたとない幸いを」



説 教


あゝいいなあ
神を愛し 人を愛し
福音を愛して
聖書を絶対の真理として
握っている人の話は…
心が生きる!



時を越えて


天と地と宇宙のすべてを創造された
神の御子が
神としての輝く栄光を全部捨てて
人と同じように
人から生まれて地を歩まれて
人のように汗と涙を流された

生きるために
苦しい汗を流す者をあわれみ
人の世の悲しみに
辛い涙を流している者をいたわるために
人のように苦しみに耐えて
ついには人の罪の身代わりになって
十字架の死さえも忍び通された

人に救いを与え
消えることのない希望と平安を与えるため
人を愛して愛して
愛し抜かれた神のこの愛が
二千年の時を超えて
今ここにあり信じる者の心に届く

二十一世紀の混乱と不安と
暗黒の増してゆく世に
なおも大きく輝いて!



十字架を見よう


悲しみの時に主の十字架を見よう
深い慰めが与えられる

苦悩(なやみ)の時に主の十字架を見よう
耐える力が与えられる

失望した時に主の十字架を見よう
希望の光が見えてくる

喜びの時に主の十字架を見よう
心に感謝があふれてくる

侘しさと孤独を感じる時に
主の十字架を見よう
慈愛にうるんだ主の瞳に出会う

心がイライラと落ち着かない時に
主の十字架を見よう
思いが祈りへと導かれる

怒りや葛藤を覚える時に
主の十字架を見よう
ハッとして自分の心を戒める

心配と不安にさいなまれる時に
主の十字架を見よう
神の愛のみこころに気づいて
安らぎが得られる

どんな時も
私のために命を捨てられた
主の十字架を見よう
そこにすべての解決を見いだし
私の生きていく力を見いだす



五 月


風薫る五月
若葉薫る五月
花々が思いっきり微笑う五月

この美しい季節に
人も自分の心と生き方を
美しいものにしたいですね
できるだけ
美しいものに目を向けて



互いに


人の世に生きているなら
人と人とが生きている世にあるなら
互いに支えあい 慈しみあい
励ましあって
生きてゆきたいものです

足りないことも多くて
いろいろ欠けがあって
相手に与える手も
自分が受け取る手も
的確ではないことが多いかも
しれないけれど

すれ違いや
どうもすっきりしないような事も
互いの中に生じることがあっても

それでもやはり触れ合う事を止めないで
感謝しあったり
お詫びしたりもあっていいですね

そうやって
心通わせ温め合うことができたら
いいですね
努力しましょう



恵みの朝露


夜 暗い夜 不安に襲われて心が縮む
嵐はいっこうにおさまらない
人の世の様々な動きに
上手く呼応できなくて
自分の足らなさ 弱さばかりが目について
心が傷んでくる

それでも
神のあわれみに守られて朝を迎える
光が来る 明るくなる
真珠のような朝露が降りている美しい朝
陽の光を受けて 今日も変わらず
神の恵みが届けられている

すべてをゆるし すべてを守り
すべてを導き
すべてを備えてくださる神の恵みが
この卑しい身にも 美しく 優しく
豊かに届けられている

これが生きているという事
毎日毎日
神の恵みに生かされているという事
ハレルヤ!



やっぱり いっぱい


心が動かないので
何をする気にもなれません

原因はあると思うけれど
それを探る気も起きません

重い心の周辺に
寂しい霧が立ちこめているのを
見つめるだけで
何だか空しく疲れたなあ
いろんな事に…

でも無事だから
やっぱり感謝ですね
感謝すること いっぱいありますね
数えてみましょう

日々に与えられている感謝なことの数々を
今 息をしている事への感謝からはじめて
あれも これも 口に出して一つ一つ
感謝なことを言ってみましょう

そうしていると
段々 元気が出て来て
ついには
喜びに満ちた深い感謝を
神に献げることができるように
なるでしょう
心が明るく動き出すでしょう



季 節


春が来て
春が去って

夏が来て
夏が去って

秋になって
秋が去って

冬になって
冬が去って

また春が来て…

毎年同じ事の繰り返し

でもこれは幸いなことだ
繰り返えされる季節を
見られる幸い

生きている!



不思議な救いの計画


神の救いのご計画と遂行は
正道の筋書きの中でではなく
ユダヤ人の悪意ある邪道によって
また弟子ユダの裏切りといった
非道と矛盾の中でなされたということ

聖なる神のみ業としては
なんとも不思議に思えますが
しかしこれこそが
罪よって理不尽と邪悪に満ちてしまった
人類を救う道として当然だった
のでしょうか

神に逆らう人の世はいつも
多くの偽りの言葉で騒ぎたち
真理を押しつぶそうと躍起になりますが
神はそれに対してたいていは
黙しておられるかのようです

しかし神は
人間のあらゆる思惑を越えて
ご自分のご計画を実行され
人類の救いを成就されました

人間が思いもよらなかった方法で
乙女マリヤから生まれた神の御子
イエスさまの十字架の贖いによって

完成された神の救いがここに
主の十字架と復活!



愛の陽


私の空は
今日は灰色だと思っても
振り向けば
やっぱり陽は
高い空に照っている

神の愛の陽が
いつもと変わらず照っている
私の空にも照っている

空が暗く見えたのは
「辛いことがいっぱいあるから」といって
私がその陽に
背を向けたためだった



十字架と復活


この世で一番醜い
さばきの場に
一番美しい花が咲き
この世で一番酷い
敗北の地から

一番大きな勝利と
力が噴き出した




自分では上手く描けないので
人のを真似てみる
見ている時は簡単に思えたが
実際描いてみると
人の真似でも上手くできない

何度も試して
真似してして試している内に
次第に自分の絵が描けるように
なってきた

上手いとは言えないけれど
自分で描いた絵は
それなりに自分の中で光り出す

誰も注目しなくても
その絵はゆっくりと翼を広げて
自分の内外を舞い始める
励ますように



自 戒


受けた痛手が
どんなに深くても
魂の奥まで疼くほどでも

あんまりそのことをいつまでも
あれこれ考えたり
こだわり過ぎたりしないようにしよう

永遠となんの関係もないことで
痛みすぎてはならない
人の目や口 態度などで
振り回されないようにしなくては

神さまに打ち明けて
神さまにすがって
黒雲の多い日々に耐えよう
すっきりと空が晴れわたる
時が来るのを待ち望んで



願 い


人の一生は限られている
月日はどんどん過ぎ去っていく
人間が一生の間にできることは
ほんのわずかだ

自分に与えられた時間の中で
人を暖めるために
傷ついた人々に
神さまのあったかい心を
知らせてあげるために
十分用いていただきたい

聖い神さまが
人を救うために苦しまれた
十字架の愛を
まちがわないように伝えて
傷ついた人々の心が
ほんとうにいやされるように
そのことのために
私の人生を使いたい




受けた傷は
気にしないようにしていても
知らぬ間に心の底に沈んで
泥のように沈んで

ふと風が吹いたりして波立つと
上がってきて
顔の方まで上ってきて
全身に痛みを散らす
そうして人を弱らせる

傷を負わせた者はすぐそれを忘れても
受けた者は 全身がそれを覚えていて
傷の癒しに時間がかかることも多い



主は見てくださる


主は私たちの涙を見てくださる
涙のわけを解ってくださる

主は私たちの目から次々に落ちる涙を
愛のみ手に受け止めて
静に温めてくださり
優しい花にしてくださる

悲しむ人に会ったときに
それをそっと差し出せるように



癒やすものは


私たちの心身の傷を癒やすもの
虚しさと絶望感を癒やすものは
神の愛とお力だ
人となられた神の御子の
十字架の贖いだ

人は決して自分で自分を癒やせない
自分の力や知恵
努力では
決してできない

救いは神にある
神にだけある
これはいつの時代にも
どんな人にも変わらない事実

神の救いはいつもある
求める者のために



追 憶


窓を開けて
雨の滴を招き入れると
手のひらに乗り
頬を寄せたらそっと震え
胸に抱くと動き出した

驚いて足に落とすと
うつむいて泣き
その顔を覗こうとしたら
起き上がって舞をはじめた

その舞は時に明るく
羽を広げて空を翔け
風に並び 水上(みず)に遊び

時に烈しく生々しく
嵐のように狂おしく叫び
もだえ 震え むせび泣き

やがて死のように重く静かに
地を這って闇の彼方に消えていった

闇の彼方を見つめて立ち尽くす
肩をそっとたたかれて振り返ると
雨の滴が戻っていて
私に微笑みかけていた
その頭を撫でようとすると
雨の滴は私の手をすりぬけて
私の足元に座り込んで身を伸ばし
やがてスヤスヤと
吐息をたてはじめた

私はそっと窓を閉めて
灯りをつけ
浮かび出たカレンダーの
数字に強く頷いた



知 る


スマホに触れれば何でも分かる
時代になった
世界中のあらゆる情報はもちろん
ありとあらゆる分野のありとあらゆる事が

何でもスマホが答えてくれる
だから自分は何でも知っている
と思っている人が多い
何でも知っているつもりで
生きている人が多い
表面だけのそれで
だから本物の意義も価値も
求めないで済ます

現代人は果たして肝心な事を
ほんとに知っているだろうか
実は自分自身の事も 周りの事も
目の前の事も 後ろの事も横の事も
あらゆる事のわずかな面も
実際には殆ど分かっていないのではないか
分からなければ不安なはずなのに…

昔の賢者が言った
「自分は何も知らないのだ
ということが分かった」という最高の知識
そこからほんとうに知ることがはじまる

聖書を読もう
そこに真理と知識の宝庫がある
世界の 人生のあらゆる事の知恵と知識が
特に人間が人間として真に生きるための
それがすべてある



麗しい神


主よ 麗しいお方よ
この世界と そこに住むものすべてを
麗しく すばらしく
良く造られた創造主よ

見れば見るほど 知れば知るほど
万物はどんなに見事に造られ
機能しているかを思わされます

この麗しさ すばらしさは
神の愛の麗しさであり すばらしさです
この愛を神は
それを受けるにふさわしくない
ものたちのために
備えてくださっています

麗しく 優しく 温かい
造り主の愛のお心
誰も十分には知りませんのに
十分には崇めることもしませんのに
 四 季

  〝春〟
風が春を呼んでくるように
小鳥が春を歌うように

花が満面の笑みを浮かべるように
木々が楽しく躍るように

水が春の調べを奏でるように
私たちも造り主をほめ歌おう

よみがえられた命の主を喜ぼう
生きておられる私たちの救い主を
たたえよう

  〝夏〟
太陽が燃える
来る日も来る日も燃える

私たちも主の使命を受けて
真夏の太陽のように救霊の情熱に燃えよう

そうして
聖霊の力をいただいて
福音のために
この世の灼熱を切り裂いて進んで行こう

  〝秋〟
秋が近づくと日が短くなり
空が侘しい表情になり
風が不安な顔をするようになる

そんな中
木々が派手な衣装を着て華やかに舞い
しばしの饗宴の後で
ハラリハラリと散っていく

人は物思いにふけり
人生を深く考える
秋は哲学を好む季節である

この季節に
哲学よりも確かに人生の意義を教える
聖書を読もう

じっくりと
そこにある神のみ業を思いみよう
みことばを開いて神と深く交わろう

  〝冬〟
寒くなる
寒さが厳しくなる
風も空も水も木々も
みんな冷たくなってきて
生きていくのに一番厳しい季節になる

もし今
私たちの人生が厳しい冬であったとしても
その寒さに耐えられないほど
辛い時を過ごしていても
春を待とう

冬の後には必ず春がやって来るから
じっと耐えて春を待とう

冬は
命の春への準備の時だから
信じて 望んで春を待っていよう

神は厳しい冬の間も
依り頼む者を守ってくださる
寒くてたまらない時でも主を見上げ
うずくまってしまわないで
信仰の足をぐっと踏ん張って
ひたすら春を待とう




木は多くの命を育んでいる

地上に木を植えられた神さま
恵み深い神さま

一本の木にも
なんと豊かに神の愛と知恵と力が
満ちていることでしょう



どこを開いても


みことばは
神のことばである聖書は
どこを読んでも恵み 恵み また恵み
愛 愛 愛 神さまの愛

温かい労りのことばだけではない
厳しい戒めのおことばも
それはやはり神さまの愛から
あわれみから
それが無ければ迷ってしまい
正道を前進できない弱い罪人のために
与えられている尊い愛

読めば読むほどわかってくる
神さまの愛と真実と力
わかれば わかるほど
心が満たされる 希望が湧く

ああこのみことばが私の手元にある
みことばを開いて読める日々の幸い



奥 義


人間が考えることのできないことを考え
人間が到底できないことをなさったのが
真の神だ

聖書には
人間の知性で理解できないことも
読んで疑問を感じることも
多く書いてある

しかし聖書は神の奥義であり
深遠な真理であり
人間に対する神からの愛のメッセージだ

これは信じた者が体験して知っている
主の十字架の贖いを信じた者が
人生の解決をここに得たことで知っている
知りつづけている確かな事実だ

嵐の中でも倒れてだめにならない
神を信じない者には決して味わえない
どんな時も希望と平安がなくならない
暗い道を行く時も
真の神を信じる者は
確かな光が見える生き方ができるから



聖書のメッセージ


神の言葉 聖書をそのままに
伝えなくてはならない
人とは違う
いと高き神を
愛に満ちた神を
全能の力ある神を

聖書に書いてあるそのままに
人に語らなければ
人は決して救われない
聖書の通りに
神を語らなければ
どんなにうまい人間の言葉で
人がうなずくことを語っても

人は決して救われない
人は決して生かせない



曇りの時の祈り


主よ 打ち沈んでいる私の心を導き
励ましてください
空は晴れているのに
私の心はひどく曇っています

どうぞつぶやきではなく
感謝をさせてください
感謝の事柄は 実にいっぱいあるのですが
感謝する力がなくなっているのです

目に見える現実に
つぶれそうになっている私の心を
失望落胆から立ち上がらせ
希望を与えてください
どんな現状の中でも 希望は
主にあることは分かっているのです

悲しみに身を委ねるのでなく
主にある喜びを
味わえるようにしてください

主よ 私の心と思いを
あなたのあわれみとお力によって
ご支配くださり
信仰を与えてください

私が 無限の愛と 全能のお力と
ご真実と恵みに満ちた神に寄りすがって
生きている者にふさわしい
心の状態になれるように
私を助けてください



それぞれの時に


寒いときは暖がほしい

暑いときは涼しい風や木陰がほしい

喉が渇けば水がほしいし
お腹が空けば食べ物がほしい

辛いことや困ったことがある時は
助けがほしいし供給がほしい

病気になれば癒しがほしいし
医者や薬もほしい

孤独で寂しい時は友がほしい
心を通わす語らいがほしい

疲れた時は休みがほしいし憩いがほしい

悲しみや失望に沈む時は
人の慰めがほしい
立ち上がる力がほしい

深く傷ついて心痛む時は
優しい言葉や同情がほしい
解ってくれる人がほしい

迷いや疑問のある時は
適切な助言や導きがほしい

人は皆その時々に
さまざまな状況の中で
必要な助けを
満たしと力を
支えを手応えを
欲している

しかし人の世では
十分に得られない

神に求めよう
神に祈ろう
神を信じて熱心に祈れば
必要な時に
必要なものが得られる
きっと得られる



歩 み


どんなふうに歩んでも
今日という日は過ぎていく

神と人を愛するために労しても
労を惜しんで済ませても
自分勝手に振る舞っても
謹んで自分の足や唇に
気をつけながら歩んでも
気をつけなくても一日は
何も変わらず過ぎていく
形も残さず過ぎていく

しかし実はその人の
歩んだ日々がその人の
人となりを鮮明に
形作っていくことを
またいつの日にか必ずや
自分の蒔いたその種は
自分が刈るということを
しかと心に留めながら
良い種を蒔き良い刈り取りが
できるよう一歩一歩
心して励んでいこう



安らぎ


庭に向日葵も小菊も咲いている
ハトもハチも動いている
空も私もそれを見ている
ひと時互いに近づいて

庭の側の道を
大人も子供も歩いている
バスもミニカーも通っていく
空も私もそれを見ている
互いにそっと気遣って

風は少し吹いてるが
いつになく安らぎ漂う
昼下がり
遠方の師からの便りを手にして
私はしばし
ほんのり笑顔の庭に憩う



今 この時に


人生は
ある意味で特別ではない
普通であり 大抵平凡だ
毎日毎日過ぎ去っていく

しかしまたある意味では
人生は特別だ
今日という日は
たった一日しかない
人と代わることのできない
私の人生は一度切りだ

それはすべての人にとって
神から与えられたもの
自分のものであり
自分のものではない

人生の意義はなにか
私の人生の意義は 目的は

聖書を開いて正確な答えを
見い出さないでしまったら
どうなるか
みな真剣に考えなくてはならない
と思う
人間であるならば
考えることが出来る今
いろん事を探求できる間に
聖書が自由に読めるうちに
世の終わりが近づき
恵みの時は縮まっているから
今 この時に




花はどこにあっても
しとやかに薫って

花は他に誇らず
自分の分で満ち足りて
自分の分で美しく

花は傷ついてもなお
美しさを失くさない力を秘めて
周りにそっと微笑んで
周りをつましく潤して
短い命を慈しむ



とにかく祈ろう


やっぱり祈ろう
とにかく祈ろう

言葉はおぼつかなくても
あまり的確でなくても
とにかく祈ってみよう

一筋の光も見えない道に立っていても
祈れば何かが起こる
祈れば何かが変わる

祈ろう
祈ろう
どんな時にも祈り祈ろう



不機嫌


「不機嫌もやはり罪です」と
シスターKさんが言っていた
たしかにそうかも…

人は時々些細なことで
不機嫌になってしまうけれど
それは周りに嫌なものを与えてしまうから
気をつけなくてはならない

きよめられて 自分を制して
神にも人にも
機嫌よく接することができるよう
心がけたい



一本の常緑樹


冬が来る前に周りはみんな
葉を落として身軽になるのに
あなただけが
年中重そうに葉をつけている
それはあなたの誇りですか
それとも愁いですか

樹は静かに応えた
どちらでもないです
これは天が定めた私の分ですから
私はいつも
私の分を精一杯生きています

春になると周りは一斉に
新品のきらめく衣装を身に着けるのに
あなたのは何となく色あせて
古びて見えるのですが
気になりませんか
自分の姿に落ち込んだりしませんか
それとも「別に」としらける気分ですか

樹は微笑を浮かべて応えた
私は特に何とも想いません
周りと同じでも違っていてもかまいません
他と比べる無意味な生き方は
したくないですから

天が定めた通りに生きている
それが私の幸せなのです
私は 私の幸せを知っています



聖書の中に


聖書には
残念な事がいっぱい書いてある
醜い事や 悪い事 異常な事や
汚い事も そのまま書いてある

(これを読むのは好きではないけど)
人間の罪と愚かさによって醸し出される
残念な事の数々
聖書はこの現実をそのまま描写している

人は誰もこの現実から逃れ得ない
だから目をそらして
きれいごとで済ませたいのだが
そうしたところでなんの解決もない

人の世にある
いや自分自身にもある
これらの残念な事の確かな解決は
やはり聖書の中に見い出される

事実の記録
真理の描写
救いの記述



それだけで


イエスさまが、私と一緒にいてくださる!
それだけで、私は十分幸せだ

いつだっていろいろな欠けもあり
重荷もあり
思うようには行かないことも
多々あるけれど

それでも私は
イエスさまと共に日々を過ごせるから
それで心が満ち足りる

イエスさまは私のすべてだから
この方以外のどんなものも
そんなに求むべきものではないから
ただイエスさま
私のより頼むイエスさま



行き着くところはイエスさま


やっぱり行き着くところはイエスさま
救い主なるイエスさま

風の強さに悩まされ 疲れるときも
雨に打たれて泣くときも
心身の痛みや他からの棘に苦しむときも
逃れて行けるところはイエスさま

そこに行き着くまでは
暗い夜道を震えながら歩くような心地で
寒くて 辛くて 苦しくて
悲しくて 寂しくてやり切れなくて
信仰も祈る力もなくしてしまいそうに
なってしまった時も 気を取り直し
必死にイエスさまのお名前を呼んだら
心に光が射してきて

みことばを頼りに
イエスさまの温かいみ手に触れたら
希望と信仰と平安を取り戻すことができた

どんなときも
行き着くところはやっぱりイエスさま
とにかくイエスさま



変 化


昨日の失敗 今日の損失 明日の獲得
こだわってしまうと心を煩わす

あらゆることは変化する
始まりも終わりも見えない吹く風も
似ているようで二度と同じカタチでは
現れないあの雲も

その変化がわかるものだけでなく
気づかない内に静かに進んでいる
変化もある
大まかの変化 小刻みの変化
ふいに人を襲う悲しみの変化
訪れる喜びの変化

昨日と今日と明日と
あらゆる営みを貫いて
すべてのものにすべての事に
くりかえされる可視または不可視なものの
変化の不可思議

時は刻一刻と進み
やがてすべてが永遠の変化へと移っていく
時に向かっている



命あるもの


あちこちに転がっている
弱いもの 不確かなものらを
強い風が巻き上げて勝手に運んでいく
大地にぶつかり
空っぽの音をたてながら
ぶざまなゴミとなって転がっていく
私の内側にあるものに似て

木の枝と葉にも
風はしきりに揺さぶりをかけている
しかし木の枝と葉は懸命に風に
抵抗している
――命あるものは戦う――
その力
大事なものを守るために

風は去って行った
間もなく顔を出した穏やかに陽に
胸を広げて和んでいる豊かな緑
――命あるものは安らぐ――
その度量
大事なものを育むために

枯れ葉と同じ色の蝶があちらへと
こちらへと
自在に命を舞っていた



ひとこま


淡青の空の下に見る
萎れかけた花
その姿は寂しそう
辛そう 恥ずかしそうかと思って
近づいてみたら
むしろ満ち足りた表情をしていた

好ましいこと
好ましくないこと
さまざまある中で
精いっぱい生きて
自分の生を全うしようとしている
澄んだ誇りを漂わせて

すべてに応じ
すべてに動じない芯の強さと
健やかさ
現状に不満や煩いをもって
揺れ動いている者に向けられている
静かな花の眼差し

目立たない色の小さな蝶が寄ってきて
花の周りを舞い始めた

密やかに生を閉じようとするものと
無心に生を継続するものとの
小さな触れ合いが
空の瞳を占領していた



そうだから


生きているから辛いこともある
痛みもある

心があるから悲しみも感じる
傷つくこともある

人生には時々嵐が吹くから
不安になったり おろおろしたり
思い煩ったりする

矛盾 理不尽も多くて
曲がっている世を
真っ直ぐに歩もうとすれば
苦しみも味わい誤解も受ける
幾つもの辛さや
やり切れなさを体験する

神を信じているから
祈ることができる
神に助けと励ましと慰めをいただける
そうして倒れず生きて行ける




「君の目はどこについているんだ」
「顔の上のほうに…」

そういうことではないのを
誰でも知っている

何を見ているのか
どこに目を向けているのか
見たものをどう受け止め
正確に認識し判断しているのか
それに基づいた行動をしているか
ということ
知性と心の在り方
生き方のこと

人は毎日同じようなものを見ている
慣れたものを見る目は殆ど動いていない
時々違うものも見ると
ちょっと目を開けるが
それが特異なものでない限り
人の目は通り過ぎていく

私たちが生きている世界には
肉眼で見えるものばかりではない
見に見えない事実がある
見るべき大切な事実がいっぱいある

その中で最大のものは
神の存在とみ業だ

幸いなことに
目には見えないこのことが
聖書に書かれている
聖書は見えない神を
そのみ業を見えるように
わかるように書いている

聖書を開こう
私にとって
一番大切なものを見るために



耐える


風が泣く
木の葉が嘆く
私の目が涙を流す
それぞれがそのわけあって

風は泣くことで
木の葉は嘆くことで
私の心は涙を流すことで
痛みを少し和らげる
そうしてみんなそれぞれに
自分の痛みに耐えている

他のせいにしたり
他を痛めたりしないで
自分の痛みに耐えることは
大事なこと
必要なことではないでしょうか
と震える声で風が呟く

今日も多くが泣き多くが嘆き
多くが傷んでいる世界

耐えていれば現実は変わるだろうか
光は近づいてくれるだろうかと
必死に問う声あちらにもこちらにも
答えはなくても耐えるほかないのが
多勢

それでもいつし陽が射してきて
風の声がだいぶ明るくなった
木の葉も瞳を輝かせはじめた

世界にはまだやはり慰めもあり
恵みもあるのだ
それも見つけていけるといい



日暮れの空


日暮れの空がなにか言いたげ
終わることのない人の悲しみを
少しは担ってあげたいけれど
そんな眼差しをちらちら見せて

間もなく終わる日を惜しむものたちに
同情し
うつむいたままで
今日の扉を閉じなくてはならない
ものたちを案じるように
不明瞭な明日への不安を抱くものたちを
労るように
優しい顔を曇らせて
地に住むものらを ふりかえり ふりかえり
日暮れの空が去っていく

月と星を抱いている夜の空に
慰めを与えてあげてと
伝言しながら引き継いで
日暮れの空は勤めを終える
明日 すべてのものに
陽光(ひかり)の幸が
注がれますようにと祈りながら



程良さ


言葉でも行動でも
何においても「程良さ」が必要だ
しかしたいてい人は
多すぎたり少なすぎたりのことが多い
自分も周りも

それを調節しなくてはならない
わかっていても
なかなかできないこともあって
トラブルに繋げてしまう

それでも自分のことなら反省して
心して
祈って努力もできるけれど
他の人 周りの人のそれとなると
どうにもならないことが多い
その現実に悩ませることが少なくない

何事も「程良さ」という点を
お互いに心がけられたら
と願う



課 題


人は誰でも
幾つもの課題を抱えて生きている
ある人は心身の弱さや痛み
家族や対人関係の難儀
経済的なことや仕事のこと等など

困難や欠乏や戦いや苦痛があるのが
人生
普通のことだとわかっていよう
わかっていても実際は辛いけれど
打ち負かされないようにしよう

忍耐は要るけれど
神様はきっと助けてくださる
恵み深い生きておられる神様を信じて
とにかく
祈りつつ取り組もう



すべての事の


人生には
自分が望まない事
自分が好まない事なんて
いくらでもある
いくらでも起こってくる
自然界の事や人間社会の事
周囲のいろいろな事に
(それについ呟きたくなるけれど)

すべての事の
すべてのもののご主権者は
神様だ
私はそのみこころに
同意しなくてはならない
それができない時は
ひたすら祈って
私の心を導いていただく
私の好み、私の願いはすべてささげて

それが信仰 それが神に従うこと



告げる


悲しい時は悲しいと言っていいのです
辛い時は辛いと
痛い時は痛いと言っていいのです

誰かに伝えていいのです
聞いてくれる人がきっといます
だれも聞いてくれなかったら
空に向かって雲に向かって
風に向かって
木や花に向かって
星や月に向かって
話したらいいです

黙っていると
心が破れてしまうかも
しれないから
口に出して声に出して
まるごと言ったらいいのです

地に住む弱い者たちを
じっと見守っている
大きな存在
優しい存在を覚えて



侘しさ


夕暮れ時は
「侘しいなあ」と一人つぶやけば
「そうですね」と風は応え
空はうなづく

夕暮れの色彩は柔らかいけれど
悲哀の色を含んでいる
ひとりぼっちの人にはことさらに

侘しい時寂しい時に
人は誰かの共鳴を求める

響き合えるといいですね
慰めあえたらいいですね
侘しさ寂しさの漂う世にあって



今を生きる


今を生きる
ここで生きる
昨日を背負わず
明日を覗こうとせず
与えられた今この時を
ひたすらに
みことばを握りしめて
しっかりと生きる



人の世


良いこともあり 悪いこともあり
うれしいこともあり 嫌なこともある
楽しいこともあり 辛いこともある
偽りもあるが真もある
厳しさもあり 憩いもある

誠実な心温かい人もいて
身勝手で不誠実が常の人もいて
思慮分別のある人もいて
無い人もいて
プラスを受けたり
マイナスも受けたりする
失うこともあり 得ることもある

それが人の世 色々あるのが人の世

それら一つ一つに
あんまりこだわってしまうと
私の道が狭くなり足元も揺らいで
先に進めなくなるから
目に見える事柄からなるだけ
心身を離して

上を見上げ
共にいてくださる主と語らいながら
主の道に学ぼう



受 容


それがどんなに
辛くても
大変でも
嫌でも
与えられたものを
受け入れていかなくてはならない
人の定め
受け入れるしかない
自分に課せられた諸事

それをただもう惨めに思って
落胆や苛立ちの中に沈むこむか
苦悩を乗り越えて
前を向いていけるかは
自分の心構え 知恵 選択 忍耐 努力
姿勢によるだろう

周りの励ましがあれば助かるけれど
それだけでなく
神に助けを請い 祈り委ねていけば
必ず光が見えてくる
「万事を益に」(ローマ八・二八)の
みことばを信じて
受け入れれば
マイナスの面にも
感謝できるようになるから



懇 願


振り向いてほしくて
誰かに振り向いてほしくて
空は色を変え
雲は広がり
雨は地上に降りてくる
風は動いて木々をゆすり
鳥はさえずり
虫や動物は動き回り
花はひたすら胸を開く

人も
誰かに振り向いてほしくて
頷いてほしくて
顔を曇らせ肩を落とし
涙を流す

時々拳を握って声を発し
訴える
ある者は暴走したり奇行に走ったり
引きこもりになったりと
様々な形でしきりに訴えている

振り向いてほしくて
誰かに振り向いてほしくて
暖かく頷いてほしくて



桜 雨


悲しみを胸の深くに抱えた人に
桜の花びらが
しきりに涙を贈っている
真珠色に光る優しい涙
他には人の居ない公園に
こぬか雨が降り注ぐ

人前では
何気ない顔で振る舞っていたけれど
一人になったら
悲しみの記憶が内側から扉を開けて
姿を表してくる

ハラハラと全身から
涙を大地に落としている人に
辺りの景色はみんな潤んだ瞳を向け
何をも訊かず
何をも咎めず見守っている

小雨を受けてかすかに揺れる
桜の花に包まれた
ゆかしく霞む公園に
優しい雫がそっと散る



祈 る


「時計の針よ
どうかいつもの二倍 三倍の早さで
回ってください」

危険と痛みの襲うこの夜が
早く早く過ぎて
無事に朝を迎えるように
私は君のために祈る

騒ぐ闇を刻み
寄せる不安をぐるりと回りながら
透けるような正確さで動いていく
時計の針を見つめては手を合わせ
また目を閉じては祈る

一時間という未曾有の時の長さに
繰り返し焦りながら
この夜の石のような時の重さに耐えて
君のために祈り続ける



ご降誕


「世の人の 騒ぎあまたの クリスマス
 信じる者は 静かに祈る」

文字どおり
天を裂いてこの世に降りてこられた
神のみ子

輝かしい天を
聖なる場所を離れて
汚れに染まった 醜いこの世に
おいでくださったイエスさま

闇のひとかけらもない世界から
闇に被われた人の世界に
お生まれくださった
光の神であられるこのお方

真の光 天の光 愛の光
命の光 希望の光
道の光

この光なしに
どうして人は幸いに生きられよう
この方のご降誕のおかげで
私たちは救われ
希望と平安の中に生きられる

ああ世にお一人の真の救い主よ
人となられた偉大な神よ



苦しみ


前の苦しみよりは
今回の方が軽いのでは
そうかもしれないけれど
苦しみはその都度重く
比較はできない

苦しんでいる人は大勢いるし
あなたよりもっとひどい目に
あってる人だって…
と人は言う それは事実
しかしそれを思っても
自分の痛みが
軽減されるわけではないのも事実

目の前の苦しみは
いつも耐えがたく
その実感は本人にしかわからない

苦しむ者への周りの理解や同情
具体的な助けは絶対必要で
人はそれで支えられるのだけれど
しかし
苦しみの中心の姿は
誰にも見えない孤独
冷酷で完全な孤独



結 果


人が「良かれ」と思ってしたことでも
必ずしも良い結果になるとは限らない
相手に伝わるとは限らない
その逆の事だって時々ある

それは 自分の認識不足や見当違い
やり方のまずさということも
あるだろううし
相手のもろもろ
そして人間社会の様々の中での
行き違いということもある

だから「良かれ」と思ってしたことが
たとえ良くない結果になってしまっても
ひどく嘆いたりあんまり自分を責めたり
しないようにしよう
益を得ない

ただ何をするにも
人の世において
いくつもの状況と教訓を心得ながら
十分な考慮と注意と反省をもって
慎重にすることは とても大事だ
ということをしっかり覚えておこう



まさかの


まさか まさかの現実

人の世にはなんだってあるんだから
驚くには及ばないか
嘆いてもしかたがないか
ため息をつく以外ないか

空は広く高く晴れ渡っている
花は美しく咲いている
木々は風に答えて青々と揺れている
小鳥は楽しくさえずっている

自然は時々醜く荒れても
また落ち着きと良さを取り戻して
存在の光を見せてくれる

人の世のこの醜いありさまは
何だろう
なぜだろう
いつまで続くのだろうか



警 戒


人は
知らず知らずのうちに
真理からはずれ
光を見失ってしまう

絶えず注意して
へりくだって
自分の心と歩みを点検し
みことばの光を真っ直ぐに
受け留めていないと
容易に主の道からそれてしまい

それさえも気づかないか
気づいてもウヤムヤにして
上辺だけを繕ってしまいやすいから
気をつけなくてはならない
そうしてしまうと
自分にとってとても大切なものを
失くしてしまう

識別と洞察と点検
あらゆる事にしっかりと



草の花


立ち止まってよく見れば
実に綺麗な草の花
小さくて
とても小さくて
とても静かに咲いている

いろんな形の
いろんな色の花たちが
並んで咲いている
他を疎んだり退けたりしないで
「みんな仲良しでみんな幸せです」
とでも囁いているような
明るくつましい微笑を浮かべている



現代社会


自然の良さが減っていく
自然の調和と美が壊されていく
だんだん自然の恵みが薄れて
その悪影響が確実に進んでいる

それがそのまま
人と社会の中に流れ込んでいるから
自然も人もずいぶん悪くなってきている
困った事になってしまった現代社会

真剣に対策を考えないと
先が案じられる
現代社会の問題



新 緑


新緑はさわやかで明るく
柔らかく温かい
しとやかで清々しく
すっきりと軽やかだ

新緑はよく目立つが
気負いがない
自己主張がない

新緑は命の美しさに輝き
天の光を湛えて舞い
すべてのものに
優しい笑顔を向けながら
静かに華やいでいる
造り主への賛美に満ちて




雨が降ってよかった
雨が上がってよかった

天の恵み
神の守り
ありがたい



慣れる


特別な悪でなくても
良くないこと まちがっていること
おかしなことを 見聞きすると
人は首を傾げ顔を曇らせ
時には憤慨して それを口にする

しかし どこでも
人の世のまちがいは よくないことは
なかなか良くならない
たいていはそのままでずっと続いていく
「おかしいよ」と言う人の声は届かないで
そのうち消されてしまうことが多い

すると人々は
よくないこと まちがっていること
おかしなことに そのうち慣れてしまい
だんだん無感覚になってしまう
そうして自分もいつしか
その状態に迎合してしまいかねない

これは実に
怖いこと 困ったことだけれど
どこの世界にもある問題
信仰の世界にも 教会にも
時にはあるかもしれないから
気をつけなくてはならない

人は
慣れたことを 慣れた所で
慣れたようにするのは容易なことだから
何処でも 何事においても
無反省に慣れてしまうことで
腐敗するかもしれない
知らぬ間に
腐敗が進んでしまうかもしれない

朱に交われば…
それでも赤くならないようにすること
信仰者には大切なのですが



マイペースで


生涯
探求 努力 勉強
あらゆる面で
しかし無理をせず
マイペースでたのーしく

そうして倹しい中にも
心豊かな価値ある生涯を



ボタン


人生はどうしてこう幾つも
ボタンが合わないんだろう
ボタンが掛け違っているんだろう

何とか一つ直しても
他のがまた違ってしまい
次も次もで
どこまでいってもいつまでたっても
掛け違ったまま
何となくみんな我慢して着こなしている

着心地が悪くても
不格好だと嘆息しながらも
その着物を脱ぐわけにもいかないので
自分のも他人のもそのままで
あんまり気にしないように過ごしている

ボタンがふいに光に出会うと
一瞬目を輝かし
身を乗り出して
真剣に何かを問う様子が見えたりする

ボタンは
実はいつも光を求めているのかも知れない
光を頼りに
掛け違いを直したいと
思っているのかも知れない



時 間


苦しい時の時間は
カタツムリの足より遅い おそい
「どうか早く去っていって」と頼んでも
人の願いなど無視し 冷笑し
苦しむ者の前にどっかと腰をおろす

楽しい時の時間は
早足の風
あっという間に去っていく
「もっとゆっくり」と願う者を一瞥し
さっさと居なくなる
「追いかけても無駄だから」といった
顔つきを見せて

時間は
人の気持ちに答えるわけでも
変わるわけでもないのに
人の心の前で
伸びたり縮んだりする
時と人の感覚との不思議な関わり



良い人生


全知全能の
万物の創造主にしてご主権者なる神

唯一絶対の
無限なる永遠なる不変なる存在にして
三位一体の奇しき神

恵みとあわれみに満ちた愛の神
至高の存在にまします生ける真の神

このようなお方に
この取るに足りない罪人が
命をかけた愛で愛されているという
信じられないような恵み
神の御子のあの十字架を通して

この神を畏れ尊ぶ者は
どんな時にも無くならない
充足と平安と保護の中に生きられる
この上なく幸いな生き方ができる

神を信じる者の
とても とっても良い人生